第十章 夢魘に熟れし果実を喰らう





「…何故だ」


眠るルナの瞳から赤に色付いた涙が流れた。それと同時にルナの体が茨の塊に微に沈む。それはまるで生き物が養分を吸収いているように。



それを見て男が奥歯を噛み締める。古くぼろぼろで埃の被った戦闘服を着た男。その目の下には黒い隈がくっきりとでき、瞳には冷たく鈍い光を放っている。その男は茨に埋め尽くされた地面を乱暴に踏み付け、囚われているルナに歩み寄る。そして、その勢いのまま力一杯ルナの右腕を蹴り付けた。


「何故だ!何故なんだ菊池ルナ!貴様は貴様は違うだろ!?」


目を覚さないルナに向かって怒りを叫びながら何度も何度もルナの腕を蹴り付ける男。男の怒号と骨が軋む鈍い音が辺りに響く。


「貴様にはそんな感情はないだろう!?そうだろ!?そうだっただろ!なのに何だこの有り様は!何故こんな詰まらない者に成り下がった!」


バキッと厭な音を立ててルナの腕が力なく垂れ下がる。それを踏み付けていた男はそれでも尚眠り続けるルナを睨み付けた。ルナの垂れ下がった腕に茨が絡みつき、また微かにルナの体を呑み込んでいく。その様を呆然と眺め、男は覚束無い足取りでその場に頭を抱えてへたり込んだ。


「くそ、このままじゃ俺は、一生…」


光のない目で男は蠢く茨を見遣やる。生き物のように蠢くそれが笑ったように見えた。


「ひっ!く、くそ、くそっ」


膝を抱え、怯えるように体を震わせる男。それを嘲笑うかのように茨の蔓が男の頭を優しく撫でた。





***



ピッ、ピッ、と探知機が一定な音を立てる。


赤く点滅するそこから目を離し、中也は奥深くに続く道の先を見据えた。


途切れ途切れに光を灯す蛍光灯。
暗く続く地下空間。


中也はもう一度探知機に目を落とし、今度は壁がある右を見た。


「…道がねぇ」


赤く点滅している場所はどう見たって右だ。だが、そこに道はなく、あるのは煉瓦で出来た壁。中也は土煙の被った壁に手を添えて眉を潜めた。道がない先にルナの携帯の発信機が反応している。どう考えたって可笑しい。暫く黙考して壁を睨み付けていた中也だが、次の瞬間には拳を振り上げ、それを壁に思い切り叩きつけていた。


激しい音を立てて崩れた壁。今頃地下駅では爆発音にも似たその音で騒ぎになっている事だろう。そんな事はお構いなしに穴が開いたそこを潜り中也は辺りを見渡した。


「おいおい如何なってやかんだ此処」


そこには道が続いていた。だが、ただの道ではない。天井も地面も壁も、全てが太い茨で覆われている。植物が生えていると云うにはあまりにも異様な光景。それはまるで生きているかのように脈打っている。



中也はその奇怪な道に冷や汗を垂らす。悪寒とも云おうか。蠢く異様な生き物の姿。しかし、見た目通り植物のように気配はなく、見た目に反して重い圧がある。


ふと、道の先に何かが落ちているのを見つけた。中也は駆け寄り、目を見開く。そこにあったのはルナの携帯だ。そして、地面に広がる真っ赤な血。


「…間違いねぇ。ルナはこの中にいやがる」


この先の道がルナのいる場所に繋がっているのかは判らない。だが、他に手掛かりもない。中也は血に濡れたルナの携帯を握り締め、茨の中を駆ける。


「ルナ!」


名を叫びながら全速力で走る。一本道だが奥は深い。額からは厭な汗が垂れた。彼奴は無事なのか。そうであってくれと願いながら中也は茨の中をただ只管駆けて行った。



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