鳥籠の中のかぐや姫は何を想ふ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
––––––––星瞬く夜空。
その中でもより一層に輝く月は静かな夜を温かく見守っている。
その静けさに紛れて中也は音を立てずに高い塀を越えた。表門の反対、豪華な庭園の裏にひっそりと佇む木に飛び移る。手を伸ばせば届く障子窓の木枠を数度指で弾いた。
その合図にゆっくりと開いていく窓。
少し出来た隙間から翡翠の瞳が覗いた。
「よお、来たぜ」
そう声を掛ければ、全開された窓から可愛らしい笑顔が華のように咲いた。
『中也さん!こんばんは』
今日もかぐやは美しかった。
夜に溶け込む黒髪は絹のように細く、白い肌に色付く頬と唇、長い睫毛に縁取られる瞳は翡翠色。その瞳に自分が映っていると思えば、優越感に心が満たされた。
中也は太い木の枝の上で幹を背凭れに腰を下ろす。いつも此処でお喋りする時は決まってこうする。今夜はかぐやと初めて出会ってから、二回目の逢瀬だった。
***
一回目の逢瀬も、こんな夜だった。
マフィアの仕事を終えてから、かぐやの許に訪れる。誰にも云わず、誰にも知られずに。ひっそりと彼女に逢いに行く。仕事柄、侵入なんてお手の物。此処よりも何倍ものセキュリティが固い敵組織の拠点にも入っているのだから。
一度目に中也がきた時、かぐやは翡翠の瞳を丸くして驚いていた。時間も時間だから、寝ているのかと思ったが、そうではなく彼女は障子窓を開けて窓辺に腰掛けていた。何をするでもなく、ぼんやりと月を眺めていた彼女の前にいきなり中也が現れるものだから、それは嘸かし驚いた事だろう。
そんなかぐやを見て、中也は「よお、来たぜ」と同じ挨拶で片手を上げた。
『まさか、本当に来て下さるとは思いませんでした』
「あァ?何でだよ。約束しただろうが。
……迷惑だったか?」
『いいえ。迚も嬉しいです』
そう云ってかぐやは本当に嬉しそうに微笑んだ。
かぐやは白い浴衣を着ていた。寝間着の為か、少し胸元が寛げられていて、そこから覗く白い谷間が月明かりに照らされて艶やかだった。おまけにその微笑みも相まって、まるで天女のような美しさ。
その時、目のやり場に困った中也は木に腰掛けて早々に会話を切り出したのだった。
***
「そう云えば、コレ買ってきたぜ」
中也は思い出したように手に持っていた袋から箱を取り出して、それを掲げてみせる。『まあ!若しかして、御萩ですか?』と手を合わせて喜びを表すかぐやに自然と頬が緩んだ。
それは一度目の逢瀬でかぐやに訊いた彼女の好物。会話の中で出るのは好きな食べ物と云うありふれた類の質問で。目を輝かせて“御萩”と答えたかぐやに、今度買ってきてやる、と約束した。
両手で受け取ったかぐやは早々に箱を開けて、一つ手に取った。そして、そのままパクっと一口齧る。
『ん〜、美味しいです』
「そりゃよかった」
頬に手を当てて食べる姿は本当に愛らしい。そんなかぐやを立てた膝に頬杖をついて見守る中也。その口許に優しい笑みを浮かべて。
御萩を一つぺろりと食べたかぐやは直ぐに二つ目に手を伸ばした。
「おいおい、こんな夜中にまだ食うつもりか?」
『だって、本当に美味しいんですもの。この御萩』
「……おい」
中也は二つ目の御萩を齧ろうとしたかぐやに呼びかける。かぐやは小さく口を開けたまま首を傾げて中也を見遣った。黒手袋を片方だけ外した中也の手がかぐやに伸びる。桃色の唇の側を中也の親指が優しく撫でた。
「餡子付いてんぞ。餓鬼だな」
拭った親指についた餡子をぺろっと舐めた中也はにやりと笑う。
ぽかん…。
今のかぐやの表情を音で喩えるならそんな感じだろう。中也の指が触れた箇所に手で触れて、暫く固まったままのかぐやだったか、徐々に頰は紅く染まっていく。
『が、ガキじゃありません』
紅くなった頬を冷ます為か、長い髪を耳に掛けた。そうすれば冷たい風が頬を撫でて少し熱を攫ってくれる。
「はっ、どーだかな」
『むぅ』
「ほら見ろ。一寸揶揄えば直ぐ剥れやがる」
『もうっ、中也さん!』
小さな手で拳を作りそれを中也目掛けて振り下ろしたかぐやの手を中也はいとも簡単に受け止めて、「あと、」と言葉を続ける。
「直ぐに手が出るところ、とかな」
したり顔で笑う中也にかぐやの顔はまた赤くなった。こんな風に誰かに揶揄われた事なんてない。恥ずかしいのに、何だかこんな風に云い合える事が嬉しいとさえ感じてしまう。
『ふふ』
急にかぐやが口許を袖で隠して笑うものだから中也は眉を寄せて首を傾げた。目を細めて笑ったかぐやは『すみません』 と一言笑みを零し乍ら謝罪した後、視線を中也に向けた。
『迚も、楽しくて。……こんな風に誰かとお話した事なんてなかったから』
翡翠の瞳の奥に仕舞われた彼女の思い。それがほんの微かに見えた気がする。中也はそれを漏らさぬように掬い取るため、暫く何も云わずにその翡翠の瞳を眺めた。
彼女を縛るのは何だ。
それは明確であって、あやふやだ。
矛盾した感覚だが、それが彼女の中に踏み込めない理由。
『中也さん』
かぐやの声が夜の空気に透き通る。中也が掴んでいた手をそっと離して、かぐやは儚げに微笑んだ。
『今夜も迚も楽しかったです。ありがとうございます』
此処にずっとは居られない。どんなに楽しくても。時間は残酷なのだ。そして、いつもその数時間の逢瀬に終止符を打つのはかぐやだった。
その儚げな微笑みに胸が締め付けられるのは何故だ。中也はチクッと胸に刺さった“何か”に疑問を抱いたがそれを振り払うようにゆっくりと立ち上がった。
「また、来る」
その言葉を残さずにはいられない。
『はい、待ってます』
そうしなければ、
この名も無き関係は簡単に千切れてしまうのだと、
––––––––––判っているから。