鳥籠の中のかぐや姫は何を想ふ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
客間に戻った後、食事を全部済ませて酒も飲み終わり昼餐会は幕を閉じたのだが、二葉亭の旦那が自慢の庭園を案内をしたいと首領に云うので、旦那直々の案内で庭を回ることにした。
莫迦広い庭を回り乍ら会話を弾ませる首領と旦那の後ろに控えていた俺は欠伸が出るのを噛み締め後をついていくだけ。庭の風流とか興味ねぇしよく判らねぇから聞いていても退屈なのは仕方ない。
ふと、空を見上げた。
鳥が一羽飛んでる。
誘われるように視線で鳥を追う。真っ直ぐ何処かに飛んでいくその鳥はまるで目的地があるかのように軽やかに羽を広げ、軈て降下した。足がその場所に進むのは何故か。それは無意識だったと思う。いつの間にか首領達が見えない裏庭らしき場所に辿り着き俺は上を見上げる。
窓枠の辺りを飛び回り綺麗な音を立てて鳴いている一羽の小鳥。その様は何かに話しかけているように見えた。
突然、障子の窓が開けられて白く細い手が伸びる。その細い指に小鳥が羽を休めるように止まって一声囀った。
俺は重力を使ってその場から飛び上がる。そして、窓に一番近い木の枝に足をつけた。
俺の視界には、翡翠の瞳を丸くして驚いた表情で此方を見ている女が一人。
何となく、彼女がそこに居ると判っていた気がする。
『え……、え?』
いい反応だ。
瞳を見開いて、下を見たり俺を見たり。右往左往に動く瞳が面白い。何時の間にか鳥も彼女の指から離れてパタパタと音を立て乍ら俺と彼女の間を飛んでいる。
「これ、手前の落としモンだろ?」
ポケットに入れていた布を取り出して、彼女の前に差し出した。それは先刻、廊下で彼女が落としていった物。
『…あ。態々、有難うございます』
手を伸ばした彼女の格好は先程の豪華な着物ではなく、質素な作りの浴衣だった。その姿さえ美しく見えるのだから佳人と云うのは得である。
白い手が伸びて、俺が持つ布を掴む。その瞬間、俺は目を瞠った。咄嗟に伸ばされた彼女の細い手首を反対の手で掴んだ。驚く彼女に御構い無しにその手首をまじまじと見る。そこには青く変色した痣が出来ていた。綺麗な白い肌に不釣り合いなそれは男の手の形をしている。それを見て俺の頭に先刻廊下で見た光景が浮かんだ。二葉亭の旦那が彼女の手首を掴んでいた光景だ。
「手前、これ…」
『これはっ…、何でもありません』
パッと手を引っ込め自分の手首を摩ってそれを袖で隠した彼女。その仕草と表情に俺はある予感が浮かんだ。
「手前、本当にあの旦那の嫁か?」
口付けられた後のあの行動は拒絶だったのではないか。同意の接吻ではなく、無理矢理のものだったのではないか。
これだけ美しい女だ。財閥の当主ともなれば、喉から手が出る程嫁に欲しくなる女。
否、妻でなくても女であれば……。
『私は、二葉亭かぐや。四迷様の妻です』
………なら、何で手前はそんな顔で笑うんだ。
その笑みは迚も美しかった。
でも、違う。
それは手前の本当の笑顔だと俺には思えない。
–––––––––俺には……、
「俺には手前が能面のような笑顔を貼り付けてる哀れな女にしか見ねェよ」
『……哀れ』
俺の言葉に初めて彼女の顔に影が掛かった。そして、摩っていた手を離し指を窓枠から覗かせた彼女。その指に止まってきた小鳥は彼女に話しかけるように鳴いた。それを撫で乍ら静かな声で彼女は呟く。
『そうかもしれませんね。この子のように飛び立つ羽もなく、外に思いを馳せて毎日この部屋から窓の外を眺めている。––––––––貴方にはそんな籠の鳥が哀れに見えるのでしょう』
彼女が撫でるのを止めれば鳥は羽を広げて空へと飛び立った。青い空に数羽の鳥達と戯れ乍ら去っていく様を目で追った彼女は悲しげな微笑みを浮かべ、俺の方に視線を向ける。
『あの子達も貴方と同じ。自由のない私を哀れんで、その小さな羽に外のお話を沢山乗せて私の元に来てくれる。……だから、それだけで私は充分なのです』
–––––––––自由のない籠の鳥。
手前は本当にそれでいいのか?
その問いは、儚げな彼女の笑みによって、喉の奥へと仕舞われる。代わりに出たのは、
「なら、今度からは俺が話し相手になってやるよ」
そんな言葉だった。
『え…?』
「毎日は無理だが、偶に此処に顔を出して手前に外の世界を教えてやる。勿論、二葉亭の旦那にゃ内緒な?」
『でも、如何やって?』
「俺は重力遣いだ。屋敷の高い塀も簡単に超えられっから、誰にも見つからずに此処に来られる。な、名案だろ?」
俺の提案に考える素振りを見せた彼女だが、軈て嬉しそうな笑顔を俺に向けた。とても可愛らしい笑顔で。
『楽しみに待っています』
その笑顔を見た瞬間、心臓が今迄に無い音を立てて暴れだす。その鼓動は喧しい筈なのに、どこか心地良いと思ってしまうのだから不思議だ。
「俺は中原中也だ。宜しくな、かぐや」
差し出した手に彼女の小さな手が重なる。
『宜しくお願いします、中也さん』
爽やかな風が新しい“何か”を運んできたかのように、かぐやの美しい黒髪を靡かせた。