鳥籠の中のかぐや姫は何を想ふ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
爽快と走る黒光りの高級車。
その後部座席にまるで映画に出てくる英国貴族のように悠々と足を組んで座るのはポートマフィアの首領、森鴎外。その隣に腰掛ける黒帽子と黒スーツという洒落た格好の男はポートマフィアの五大幹部、中原中也。
「すまないね、中也君。同行して貰って」
「いえ」
森の言葉に直様返事をした中也は五大幹部の威厳さえあるが少々緊張した雰囲気を漂わせていた。そんな中也の緊張を解す為か森は「そんな畏まらなくてもいい」と笑みを浮かべ乍ら続ける。
「会食と云っても少し交流を深めるだけだ。気楽にしてなさい」
二人が呼ばれたのは或る財閥の昼餐会。
その財閥の名は、二葉亭財閥。
裏社会にも手を染めていてポートマフィアとも関わりが深い為、急激的な力を伸ばしている財閥だった。
車を走らせて漸く辿り着いたのは目を見張るような豪邸。日本文化そのものを漂わせるようなその屋敷は高い塀に囲まれていて、立派な門が聳え立つ。
「ようこそおいで下さいましたポートマフィア様。御案内致します」
着物を着た女官の案内で森と中也は屋敷に入る。縁側から見える庭からは鹿威しの音が響き風流さを感じられる。日本庭園の模範とも云える見事な庭だ。
「旦那様、お客様をお連れしました」
客間の前に正座を作った女官が襖を開ければ、そこには一人の男が座っていた。着物姿の男は優しげな笑みを浮かべて森と中也に向かって頭を下げた。
「此れは此れはポートマフィア殿。お初にお目にかかります。私は二葉亭財閥が当主、二葉亭四迷と申します」
財閥の当主ともあれば随分と威張った態度だと想像していたが、案外礼儀正しい態度。それに歳は30前半あたりと云ったところだろうか。
客間の座敷に座れば、女官達が膳を運んできてそれぞれの前にそれを置いた。彩り深い食事には気品さが見えて食べるのが勿体ないと思えるくらいだ。
間も無く昼餐が始まる。
「ほう、その若さで五大幹部とは頼もしいですね」
「えぇ。彼はよく組織に貢献してくれますよ」
「勿体無い御言葉です」
食事と会話が進んでいく中、このように話は中也へと振られる事もあった。時には組織の事、政治の事。色々な話が混ざる会話に華が咲き始めた頃、二葉亭が「そろそろお酒でもどうですか?」と提案。
「この日の為に佳い酒を用意しましてね」
「それは楽しみですなぁ」
女官の一人を呼びつけて何かを囁いた後、頭を下げながら客間を後にした女官。
それから暫くして襖の奥から声が響いた。
『お酒をお持ち致しました』
鈴を転がしたような透き通る声。
その声に誘われるように開けられた襖に目をやれば、綺麗にお辞儀をする女が一人。その女が顔をゆっくりと上げた瞬間、中也は息を呑んだ。
その、姿に。
その、美しさに。
そこに居たのは、此の世の者とは思えない程の絶世の佳人。
雪のように白い肌と小さく艶やかな唇。
珠のような翡翠の瞳は宝石のようで、
黒髪は一本一本が高級な絹糸のように細い。
上品な着物からも感じられる華奢で可憐な躰。
頭から爪の先まで、彼女の全てが美しかった。
「妻のかぐやですよ」
二葉亭のその言葉に中也は驚いて二人を見比べた。
「(妻…?の、割には随分と若けぇような)」
中也はかぐやと呼ばれた女を無意識にジッと見据える。年の差夫婦と云う奴なのか。まあ、これだけ美人なら二葉亭の旦那も妻に欲しくなるのかもしれない。
「かぐや、お酌をして差し上げなさい」
『はい』
旦那の言葉に返事をしたかぐやと云う女は立ち上がり徳利を持って首領の隣に正座した。そして、綺麗な手で徳利を支え乍ら盃に酒を注ぐ。首領に一度お辞儀をした彼女は今度は俺の方へと躰を向けたが、俺はそこで静止を掛ける。
「俺は結構です」
仕事中で然も首領がいる手前、酒は控えておかなくては、何かが起きた時に迅速に対応できなくなってしまう。
しかし、首領と旦那が揃って「遠慮する事はない」と促してきた。二人に押され、仕方なく一杯だけ飲む事にした俺は盃を手に持つ。
側に座ったその顔を盗み見ればやはり綺麗だと云う他無かった。少し紅が引かれた唇で弧を描きながら酒を注ぐ様は遊郭にいる女のような色気と艶美を醸し出していて、こっちの目の行き場に困る。
注がれた酒を一口飲めば確かに旨い酒だと判る。少しずつそれを飲み、ふと視線を感じて目を向ければ、ぱちっと目が合った。一瞬、微かに目を瞠った彼女だったが、直ぐに笑みを浮かべて目を細める。
違和感を感じたのはその瞬間だ。
先刻まで綺麗だと思っていた笑顔が急にまるで貼り付けたような笑みに見えたのは。その微かな違和感を感じ乍ら見据えても、彼女は笑顔を崩さない。寧ろそれが不自然とさえ思えた。
「もう下がりなさい、かぐや」
随分と早い退場の言葉に少し驚く。妻なら居させてもいいだろうと思うのだが……。旦那の言葉に彼女は返事をして、ゆっくりと立ち上がった。そして、襖の前でお辞儀をして客間から去る。客間に残ったのは何処か物足りない雰囲気。一度現れた華が消えるとこうも淋しく思えてしまうのは何とも不思議だ。
「美しい奥方ですな。いやァ羨ましい」
「はは、お恥ずかし乍ら寵愛しておりますよ」
首裏を掻き乍らどこか自慢げな声を含ませて笑う旦那。盃の酒を呷った後、徐に立ち上がり「失礼。少し席を外しますが、お気になさらず」と云って客間を出て行った。
「首領、俺も少し外します」
「嗚呼、構わないよ」
盃を置いて首領に断りを入れてから客間から出て、手洗い場を目指す。一杯だけで少しクラッときた酒は随分アルコールが高かったよう。仕事に支障を来すと悪いので酔いを覚ますために手洗い場で顔を洗う事にした。
だが、流石は名の知れた財閥の屋敷。
何処に何があるのか皆目見当もつかない。取り敢えず女官でも探すかと歩き回っていれば、人の気配を感じ其方に向かう。
曲がり角を曲がり、俺は目を見開いた。
『んっ…』
美しい長い黒髪がさらりと揺れた。
細い手首を掴んで深く口付ける二葉亭の旦那。硬く瞳を閉じて目の端に涙を溜めているかぐやと云う女は口付けの合間に吐息を零す。
俺はその光景を見たまま動けず固まっていた。思考も追いついていない。いや、夫婦なのだからこれくらいするだろうがまさかこんな処で客を待たせてするものなのか、と辛うじて働いた頭が疑問を零すだけ。
「誰かと思えば中原殿ですか」
急に耳に入ってきた声に思わず肩を揺らした。二葉亭の旦那は女を離して此方を見据え、何事も無かったかの様に歩み寄って来る。
「何処かに御用ですか?」
「あ、嗚呼。手洗い場を借りたくてな」
俺がそう答えれば旦那は笑みを浮かべて「それなら、此処を戻って右に曲がれば有りますよ」と、来た方向を指差した。
「私は先に客間に戻っていますね。森殿をお一人で待たせる訳にはいきませんから。かぐや、お前は疾く自室に戻りなさい」
最後にそう云って旦那はその場から去っていく。
俺はちらっと彼女に目を向ける。俯いて立ち尽くしたまま動かないのは、俺に見られた事に恥を感じているのか。気まずい雰囲気が漂う中、漸く動いた彼女に視線を向ける。
「お、おい!」
彼女は足元から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。直ぐ様駆け寄って、隣にしゃがみ込めば、彼女は自らの手で自分自身を抱きしめて躰を震わしていた。その震えが異常な事に気付いた俺は可憐な肩にそっと手を置いて声を掛ける。
「どうした?大丈夫か?」
『…ッ…だ、大丈夫です。すみません』
女は震える声でそう云った後、唇を着物の袖で乱暴に拭い出す。綺麗な唇が擦り切れてしまうのではないかと心配になる。それでも拭い続ける彼女に違和感を覚えるしかなかった。
彼女はよろけながらも立ち上がり、俺の顔を見ないまま頭を下げて駆け足にその場を去って行く。
「…あ、おい!」
その場に一枚の布が落ちていた事に気付いた俺はそれを拾い上げ、彼女を呼び掛けたが、その背中はもう遠かった。