第七章 快楽は毒なり薬なり
太陽が地上に顔を出し、穏やかな光を灯す時間。
朝の光が窓硝子越しにカーテンの隙間を通り抜け、室内に射し込んでいる。
ルナは閉じていた瞼を薄く開いた。微睡みに意識が浮いている感覚。温もりを閉じ込めたシーツに触れる素肌が心地良さを感じている。その心地良さに包まれ乍らルナは数度瞼を瞬かせ、視線を彷徨わせた。そして、止まった。ルナの視線の先には上体だけを起こし携帯を弄る中也の姿。ルナは口元に微笑みを浮かべ乍らそんな中也を暫くの間眺めていた。
此処は中也の家の寝室。
その部屋に置かれた大きめの寝台。
乱れたシーツと床に脱ぎ散らかした服、そして裸の二人の姿が昨夜の情事の余韻を残している。
ルナは体から落ちそうなシーツをたくし上げて、晒されている胸の前に持ってきた。その布擦れの音に気付いた中也が携帯の画面から視線を離しルナに視線を向ける。
「起きたか」
『うん。おはよ、中也』
「はよ」
笑みを浮かべ、優しくルナの頭を撫でる中也。
久し振りのゆっくりとした時間。
それは緩やかに雲が空を泳いでいるようで、フワフワとしている。
「まだ時間あるが…、飯にすっか?」
『うーん、まだいいや』
ルナは伸びをし乍らそう答える。そして、もぞもぞと体を回転させてうつ伏せになり、枕に顔を埋めて脚を前後に揺らした。そんなルナを見据える中也の視界に映るのはルナの白い背中と
携帯を寝台の近くの棚に置き、中也はベッドに片手をつき体重を傾けた。その瞬間、ギシッとベッドが音を立てる。ルナがその音に振り返る前に中也は晒されている頸に唇を当てた。
ちゅ、と云う小さなリップ音が響く。
ルナは目を丸くして顔だけ振り返る。
中也と目が合った。
『…吃驚した。急に何?』
「誘ってんのか?」
『はい?』
意味が解らないそれにルナは眉を寄せて首を傾げたが、胸に触れた何かにピクッと体が揺れた。何故ならそれは中也が片手をベッドとルナの間に潜り込ませてルナの胸に触れたからだ。
『っ、ちょ』
頰を紅く染めてルナは俯いた。やわやわと揉まれる胸から伝わる刺激。それが昨夜の行為を思い起こさせているようにルナの体は素直に反応する。
中也は胸への刺激を止めない儘もう片方の手を下にずらしルナの秘部に手を伸ばした。
『あっ、やめ』
「は、濡れンの疾ェな」
直接触れたソコはもう十分に潤い帯びている。トロッと指に絡まる蜜に中也は口角を上げた。そして、指の腹で蜜を全体に塗るように擦りつけていく。
『あっ、ンッ、んっ』
「朝から、ンな声出すんじゃねェ」
『だ、誰の所為だと、アッ』
反論する言葉さえ与えず中也はルナの膣内に指を二本突っ込み、ルナが感じる一点を刺激する。ルナに残っていた僅かな眠気が一気に吹っ飛んで行く。ルナはシーツを強く握り締めて襲いくる波に堪えた。
『ああっ…!』
だが、中也はそれを許さずに簡単にルナを絶頂にいかせた。大きく跳ねたルナの体。それを満足気に見下ろした中也は漸くルナのナカから指を抜く。くちゅ、と卑猥な音を立て乍ら取り出した指にはルナの愛液が絡み付いていた。
『ね…、するの?』
少し呼吸を乱し乍ら顔だけを振り返り中也に問うたルナ。その色っぽい声に中也は胸を打たれる衝撃を食らった。
本当はちょっとばかし無防備な姿を晒すルナを懲らしめる心算で始めただけだったが……。
中也はチラリと時計を見る。まだ出勤するには早い時間。一発ヤっても朝食を食べる時間は残る程に。
うつ伏せのルナを仰向けにさせた中也はルナの頰に優しく手を添える。
「嗚呼。イッたのが手前だけなんざ、不公平だろ?」
『先刻のは中也の所為だから』
「如何だかな。おら、脚開け」
赤い顔の儘ふくれっ面をするルナの唇に中也は口付けを落とし、同時にゆっくりと腰を沈ませた。
**
ベーコンに目玉焼きに彩り深いサラダ。
そして、こんがり焼けたパン。
バターの香りと珈琲の香りが混ざれば朝の上品な香りが部屋中に漂う。
ルナは黄金色のトーストをパクリと齧り、咀嚼しながら向かいに座る中也に目を向ける。
中也の前に置かれた皿は既に空。
白生地のシャツにベストと云う格好で新聞を広げ、時折片手で珈琲を啜る。
結局、朝から一発情事を致してしまった訳だが、その後はシャワーを浴びる時間も、こうして朝食を取る時間も出来た。因みに朝食を作ったのは中也。まあ、こんな事初めてでも無いので慣れっこだ。偶に時間を忘れてバタバタと駆け回る事も然り…。
ルナは齧りかけのパンを持ち乍らテレビのリモコンでチャンネルを回していく。
特に興味を惹かれる番組もない。それもそうだ。朝はニュース番組が多々なのだから。適当なチャンネルで止めリモコンを放り投げたルナはテレビに映された今週の星座占いをボーッと眺める。二位から順に発表されていき、最後に一位と十二位の星座が対照的な効果音で映し出された。
『あ、ビリはおうし座だ。中也、ビリだって』
「たかが占いだろうが。俺ァ気にしねぇ」
新聞から目を離さないまま興味無さそうにそう云った中也。ルナは一瞬横目で中也を見た後、再びテレビに視線を戻す。丁度、天気予報士が十二位の為のラッキーアイテムを笑顔で発表していた。
中也の家からポートマフィア本部に出勤する時は何時も中也の車を使う。運転手は勿論中也で、私は助手席に乗り込む。私の特等席だ。
エンジンを掛けて発信する車。駐車場から出て、横浜の街中を迷いなく走る。朝出勤の時間としては遅い方である為、渋滞には引っかからない。
爽快と走る車の中でルナは車窓枠に頬杖を付き乍ら外を眺める。歩道を歩く人々。対向車線を走る車。多種多様な建物。今日も街はいつも通りだ。
車の速度が落ちた。チラリと前に視線を寄越すと信号が赤を指している。如何やら交差点の道路らしい。
ルナは再び横窓から外を眺めた。
そして、ふと目に入った店。
衝動的にシートベルトを外し、ドアを開けた。
『中也、私降りるね』
「は?って、おい!」
『先行ってていいよー』
急なルナの行動に中也は一瞬眉を顰めたが、既にルナはドアを閉め、ガードレールを軽々と飛び越えて何処かへと行ってしまった。
「急過ぎンだろ…」
呆れた声音でポツリと呟いた中也だが、後ろから
ハァァ、と長い溜息を零し仕方なく車を発進させ、拠点へ一人向かった。
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