第五章 死んで花実が咲くものか



静かな部屋に響いているのは時計の音と一つの小さな寝息。


俺は寝転がり乍ら頬杖ついてルナの寝顔を眺めていた。

その寝顔に片手を伸ばし顔に掛かるルナの髪を耳に掛けてやった。そして、その儘すぅーすぅーと小さく呼吸する無防備に開けた唇に触れた。ふにっと柔らかな感触が指の先から伝わる。先刻までこの桃色の唇から甘い声を漏らしたと思うと妙にエロく見える。


こんな風になぞるように触れていっても起きねェのは余程安心して眠ってんのか。それとも疲れたのか。どちらにしろ、眠れているのはいい事だ。若し、あのままルナを拠点に返して一人にさせたら恐らく此奴は眠らなかっただろう。



太宰と二人っきりにさせたのは誤算だった。



夕方、首領に呼び出され早々に「明日丸一日休暇をあげよう。ルナちゃんにも伝えといてくれ」と云われた。


大人気もなくルナを避けていたのは事実だ。此奴には説教よりも効果的だと思った。実際、そうだった。だが、時間が経って思い返した。少しやり過ぎたと。そう思ったから、ルナが行きそうな場所を車で駆け回った。


そして、川沿いを走っている時にその姿を見つけた。だが、俺はルナの前に立っていた男を見た瞬間に胸の内から黒い靄のようなものが湧き上がってくのを感じた。それに駆り立てられるように車から飛び出した俺はその時気付いていた。ルナの瞳から光が消えていくのを。勿論、太宰の野郎がルナに刃を向けていた事も判った。だが、それよりも早く駆け寄る必要があった理由は、ルナの瞳を見たからだ。深淵より深い底なしの闇。それしか映さないあの瞳を久し振りに見たのだ。もう二度とそんな瞳をさせまいと誓ったのに。


しかし、幸いにも間に合った。

完全に闇の中に沈む前に。


ルナの瞳に光が戻り、驚きの表情をしている事が覆った瞳から手に伝わってきたのを感じ取り、心の底から安堵した。


太宰があの場でルナを殺すつもりだったとは思えない。しかし、ルナは如何だろうか?若し仮に本気で太宰がルナを殺しに来たら、ルナは無抵抗に殺される心算なのだろうか?


俺はルナと太宰の間に何があったか詳しくは知らねェ。報告書には勿論ルナの感情も太宰の感情も書き込まれてはいないのだから。


感情の正体。

人間が必ず持つ心の叫び。

それを持たなかったルナ。


ルナ、手前は未だその孤独に苦しんでいるのか?



太宰に恨まれて憎まれてもいいじゃねェか。


「俺が、守ってやるから」


たとえ、誰を殺したとしても俺は手前の傍から離れねェから。



眠るルナを抱き締める。
温もりが消えないように。
決して離さぬように。







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