第五章 死んで花実が咲くものか




探偵社に辿り着き事務所の扉を開けた敦。視界に入ったのは国木田とその側に立つ鏡花。そして、国木田の向かいのソファには依頼人と思われる少年が一人。黒い髪に古ぼけた服を着た少年だった。


随分と幼い客人に敦は依頼人なのか?と疑問を浮かべていれば、「何を突っ立ている敦。疾く座れ」と国木田に急かされて敦は慌てて国木田の隣に腰掛けた。一度視線を国木田に向けた敦だが、顎でクイッと少年を指した国木田を見て少年に向き直る。



「えっと、それで依頼と云うのは?」


敦は自分より幾分か歳下と思われる少年に低姿勢で問うた。しかし、少年はムスッと拗ねたような表情で敦をジッと睨んだ後口を開く。


「ふんっ。武装探偵社は凄い組織だって聞いて来てみればこんなガキに頼まなきゃいけないなんて不安しかないぜ」


腕を組み踏ん反り返ってそう云った少年。その少年の態度に思わず顔を歪めてしまった敦だが、ここは歳上の維持。冷静に対応しなくては。


「大丈夫。頼りなく見えるかもしれないけど、必ず君の助けになってあげるから」


優しい笑顔の敦を見て又もふんっとそっぽを向いた少年だったが、敦が手に持っていた箱を見て「それ、くれるのか?」と指を差した。


敦は少年の指を辿って自身の手にある箱を見る。それは先程買ってきたシュークリーム。あっ!と声を上げた敦はそれを手に立ち上がって乱歩を探したが彼の姿はなかった。


「ごめん。此れはあげられなくて…」

「ふ、ふんっ!別にいらねぇけどな!でも、客人にはお茶くらい出すのが礼儀ってもんだろ」


食べたかったのかな?と強気でいるがまだまだ何処か子供な少年に敦は苦笑を浮かべた。こんな小さな依頼人は初めてで本当に依頼に来たのかも判らないが、大丈夫なのかと依頼を受ける前から不安になる敦。


お茶を出せば、熱すぎるやら温過ぎるやら注文が多い少年に手を焼いて、国木田のイライラも溜まっていく中、漸く向き直って依頼の話に持ち出そうと敦は再度少年に依頼内容を問うた。


「俺の依頼は、人探しだ」

「人探し?」


思わぬ依頼に敦は訊き返す。だが、国木田は溜息を零して立ち上がった。


「なら、警察に頼め。探偵社うちそう云う仕事はせん」

「その警察が何もしてくれねぇんだよ!」

「敦、その小僧を家に帰してやれ」


国木田はそう云って事務所を出て行った。敦は閉じられた扉を数秒見た後、少年へと視線を戻す。少年は悔しそうに拳を握りしめて俯いていた。


「やっぱり、大した事ねぇじゃん。俺の話、警察も軍警も真面目に聞いてくれない。ガキの云う事なんてこれっぽっちも相手にしてくれねぇんだッ!俺は、俺は…」


泣くのを堪えているのだろう。震える声と小さな肩。悔しげに耐える姿が昔の自分と重なって見えた敦は少年の前に腰を下ろしてその肩に手を置いた。


「その依頼、僕が受けるよ」


敦の声に少年が驚いたように顔を上げる。赤くなっている鼻を啜りながら少年は「本当か?」と縋るように敦の服を掴んだ。その姿を見て敦は力よく頷く。その瞬間に少年も瞳を輝かせて喜びの表情へと変わった。可愛い処もあるじゃないかと敦は笑った。


「私も協力する」


鏡花のその言葉に敦は頷いて少年に依頼の詳細を聞くために席に座り直した。袖で溢れそうな涙を拭った少年は姿勢を正して敦達に向き直り話し出す。


「俺はどうしても探し出したい奴がいるんだ」


強く鋭く何かを見据える少年の瞳。それは幼い少年が見せるそれではない。まるでサバンナで獲物を探す獣のような程に鋭い決意と覚悟が現れていた。そして、少年の次の言葉は敦は勿論鏡花も予想できないものだった。


「俺は、其奴に復讐したい」


少年が探したい者は親戚でも友達でもない。
少年がこの世で最も忌むべき相手。


「復讐って……、如何して?」


敦はこんな幼い子供から出てきた言葉に驚きながらも理由を問う。その問いに少年は一度瞳に影を落とし乍ら拳を握りしめてゆっくりと口を開いた。


「俺、母さんと父さんと三人で暮らしてたんだ。だけど数年前、父さんが事故で死んだって聞かされて……。それから母さんがショックで病気になった。俺はガキだから雇ってくれる処も無くて何にも出来なくて」


歯を食いしばって少年は俯きながら話し続ける。先程まで湯気が立っていた湯呑みは既に冷めて忘れ去られたように少年の前に置かれているだけ。その冷たさが少年の心を表しているように。


「数週間前、母さんが死んだ。でも、死ぬ前、母さんは云ったんだ。“父さんは事故で死んだんじゃない。父さんは殺されたんだ”って」


少年は瞳を閉じて思い出す。母親の最後の言葉を。力が入らない手で少年の手を握って消え入りそうな声で真実を話してくれた。


少年の父親は裏社会の人間であった事。そして数年前、同じく裏社会の者の手によって殺されてしまった事。


「父さんを殺して、母さんを苦しめ死に追いやった其奴を俺は絶対に許さない。だから、俺は其奴を探し出して復讐してやる。父さんと母さんの仇を取ってやるんだ」


憎しみの篭った瞳。
その瞳に圧倒され声もなく話を聞いていた敦は少年が今迄抱えてきた悲しみと恨みの重さを思い知らされた。


助けになってやりたい。だが、まだ幼い少年に復讐させて本当に善いのだろうかと云う二つの葛藤が敦の中にあった。


「判った。必ず見つけ出してみせる」


敦は驚いて背後を振り返った。其処には携帯を握り締めて立つ鏡花の姿。その瞳は何の迷いもなく少年に向けられている。


鏡花は少年の気持ちが痛い程よくわかっていた。両親の仇。それは鏡花自身にも当て嵌まるもの。両親を殺したものを決して許せない情が今でも鏡花の心に住んでいるのだから。


敦はまだ消えない葛藤を抑え込み乍も受けた事は最後までやり遂げようと意を決した。


「その相手の特徴とかないかな?闇雲に探しても見つからないだろうし」

「あるよ。死ぬ前に母さんが教えてくれたから。名前とかまでは判らないけど、決定的な特徴がある」


少年は母親が最後に振り絞るように云った言葉を思い出し、沿うように口を動かした。





「呪われた右目を持つオッドアイ」





少年の言葉と重なるように窓から吹いた風が三人の髪を揺らして音もなく消えた。








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