第五章 死んで花実が咲くものか
___武装探偵社。
その組織は主に斬った張ったの荒事を領分にする軍や警察に頼れない危険な依頼を取り扱う。社員の殆どが異能力者で、又数ヶ月前の組合戦でも素晴らしい活躍をした組織でもある。
そんな武装探偵社事務所に一本電話が鳴り響いた。
〈横浜市内○○番地路地先に何者かに襲われたと思われる遺体を発見。犯人の手掛かりはなし。至急、応援を頼みたい〉
それは軍警からの依頼だった。
現場に向かったのは国木田独歩と中島敦。
そして、時間通りに現場に赴いた2人は軍警の調べている様子を近くで見ていたのだが、敦はその現場を見て声を失った。
敦が声を失った理由。それは其処に広がっていた光景だった。敦が見た遺体は人の形を留めていなかったのだから。否、それだけではない___。
辺り一面に広がる赤。
噎せ返る程のその臭いはこの仕事についていれば厭でも見てしまうもの。だが、これ程までに恐怖を覚える程の血量を見た事があったろうか。
地面も壁も全て赤に、血に染まっている。
まるで血の池だ。それは波紋を作りながら浮かぶ物を呑み込むようにその場所を地獄の地へと変わり果てている様。そして、血の池に浮かんでいるそれは人だった物。
アレは腕だろうか?それにその近くにあるのは無残に引き裂かれた布。おそらく衣服だろう。よく目を凝らせば、膝から下の脚や内臓らしき物も散らばっている。
敦の全身の鳥肌が立ち、冷たい汗が額を濡らした。敦は吐き気がして口元を手で押さえる。それでも嘔吐感が消えないがなんとか堪えて隣に立つ国木田に声をかけた。
「国木田さん…。此れは異能力者によるものでしょうか?」
「そうとしか考えられん。こんな残虐な殺し方。殺戮に特化した異能か……」
流石の国木田も顔を歪める。眼鏡の奥の瞳をその場に向けたまま歯を食いしばった。
何故この人達は殺されたのだろうか。
そしてこの人達を殺した異能力者はどんな異能を使うのだろうか。
敦はその場を見ながらそんな事を考えていたが、敦はふとあるものを見つけた。衣服と腕が転がるその地面。そこに視線向ける。
「(何かの跡?何かに引き裂かれたような……。)」
軍警が遺体を回収し終えて国木田と話している中、敦は巨大な爪に引き裂かれたようなその跡から目が離せなかった。
***
___数日後。
敦は書類整理をする手を止めて小さな溜息を吐いた。何故ならあの事件の事は軍警からの「調査解決済」と云う一本の電話で終わってしまっていたからだ。
勿論、事件が解決する事は喜ばしい事だ。だが、異能力者が関わっている事件だから探偵社で解決すると思っていた敦は数日で終えてしまった事件に何かきまりが悪い気持ちを抱えていた。
「あの、国木田さん」
「この仕事があと2分25秒で終わる。少し待て」
「あ…、はい」
前の机で高速でPCを打っている国木田に敦は話しかける。が、要約すれば、今は話しかけるな、と云われてしまったので暫し待つ事に。国木田は今日も相変わらず時間には厳しい。
それからきっちりかっちり2分25秒後、、、。
「で?何だ敦」
「えっと、此間のあの事件。軍警からは解決したとの事でしたが、本当に解決したんでしょうか?犯人が異能力者なら一般の警察がそんな簡単に捕まえられる相手じゃないのでは?」
「確かにその通りだ。警察は犯人を捕まえてはないだろう」
「どう云う事ですか?」
国木田が云った事に疑問を感じる敦は首を傾げて国木田に問い返す。国木田は一度短く息を吐き出した後、眼鏡をクイッと上げて敦に視線を向けた。
「恐らくだが、あの事件は異能特務課が片付けたと俺は思っている」
「異能特務課が?」
「あぁ。片付けたと云っても犯人を捕まえた訳ではない。犯人の目星をつけて、放置してるのかもしれんな」
「放置って、危険な異能力者かもしれないのにですか!?」
敦は机に乗り出して声を上げた。感情的になった彼だが無理もない。あの光景を見たのなら。
夥しい血。無惨な肉塊。
あの事件はニュースにも新聞にも載っていなかった。それはまるであの事件が最初から無かったことのような白紙状態だ。
「どうして、異能特務課は……」
「飽く迄も俺の推測に過ぎん」
顔を俯かせる敦にそう云った国木田だが、眼鏡を光らせて「数年前…、」と何かを思い出すような口調で話し出した。
「俺が担当した数年前の事件。あの時の事件現場は今でもよく覚えている。そこにあったのは、幾多もの死体と血の池……。今回と同じようにな」
国木田の話に敦はごくりと固唾を呑み込み乾いた喉を鳴らした。国木田の話は初めて聞くものなのに、残酷な情景が敦の脳裏にはっきりと浮かんでくるのを敦は感じていた。
「そして、その事件は異能特務課によって白紙にされた。理由はわからん。だが恐らくマフィア関連の者によるものだろう」
「マフィア…。ポートマフィアですか?」
一瞬、敦の頭の中で黒獣を操る異能力者が浮かんだ。だがその考えは直ぐに振り払われた。
「(いや、彼奴じゃない。彼奴の殺し方では無かった)」
芥川とは何度かぶつかり合った彼だからこそ判るものがある。
「異能特務課はポートマフィアの行動を見て見ぬ振りをする場合も多い。今回もそれが理由かもしれん」
国木田の声に敦はハッと我に返り、「そうなんですか」とあまり納得がいかなかったが、確かにあのポートマフィアが関わっていると思うと迂闊に首を突っ込んでいいものではない。
この事にはもう関わるのはよそうと敦は仕事に戻るために気を取り直した時、「敦くーん」と自分を呼ぶ声に顔を上げた。
「何ですか?乱歩さん」
敦を呼んだのは江戸川乱歩。この探偵社の唯一の一般人であり探偵である。乱歩はウキウキとスキップをし出しそうな程にご機嫌な足取りで敦に駆け寄り一枚の紙を差し出した。
「此れ、沢山買ってきてね!絶対!!」
その紙を受け取った敦の肩を数度叩いた乱歩は同じくご機嫌な足取りで自分の机へと戻って行く。その背中を眺めた敦は手渡された紙を持って「いってきます」と席を立った。