第三章 死を奏でる旋律の館
街外れの森までは車での移動。森に辿り着けば生い茂る木々が邪魔をし、車で移動する事は困難だった。その為、館があると思われる森の奥深くへは徒歩で行く事を余儀無くされた。
『霧が濃くなってきたね』
列を成して歩き乍らそう呟いたルナは辺りを見渡す。だが、濃い霧の所為で数
「本当にこんな森の中に館なんてあるのでしょうか?もう随分と歩いてますけど……」
「この霧だ。あったとしても見逃しちまってるかもしれねぇなァ」
『館に着く前に迷子になりそうだよね』
カラカラとルナが笑いながら云うが、本当になるのでは?と樋口の不安は募る。樋口は腕時計を見て時間を確認した。森に入ってから既に一時間は経っている。
思わず溜息が出そうになった樋口だが、慌てて止めた。今は任務中、気を抜いてはいけない。
『ねぇ中也、ハイキングってこんな感じなのかな?』
「した事ねェから分からん」
『今度一緒にしようよ!』
「暇ができたらな」
何故だろう。前を歩くこのお二人の会話を聞いていると今引き締めた気が崩れそうになるのは。芥川先輩は先程から無言だし……。
そう思いながら樋口が先程呑み込んだ溜息をもう一度出そうとした時。
「着いたな」
先頭を歩いていた中也が歩みを止めて呟いた。
中也の云った通り、目を向けた先に噂されていた館が見えた。立派な門には大きな鳥の石像が飾られていて、その門の向こうにある館は不気味な雰囲気を漂わせているが、元は立派な建物だったことが判る。
「ここから先を進むのは、俺とルナと芥川だが……手前は如何する?樋口」
振り返った中也が芥川の後ろにいた樋口に問う。全員の視線が彼女に向けられた。
樋口は彼等と違って戦闘能力は高くない。一緒に行けば足手纏いになるかもしれない。だが、芥川が行くのなら、と樋口の心は決まっていた。
「私もお供させて下さい。足手纏いにならないよう全力を尽くします」
拳を握りしめて、真剣な表情でそう云った樋口。その瞳に宿る意思は強い。
「うし。なら、俺達四人だけで館の中を調べる。手前等は館の周りで待機だ。間違っても中に入るんじゃねェぞ」
「「はっ!」」
黒服の男達が中也の指示に返事をして動き出す。それを見届けた中也は残った三人に「行くぞ」と声を掛けて、大きな門に手を掛けた。
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ギィィ……と木が軋む音を立てて開けた扉。中に入らない儘、四人は中を覗き込んだ。
四人の視界に入ったのは大理石の床で出来た広いエントランス。高い天井には古びたシャンデリアが音を立てながら揺れている。左右対称に二階へと繋がる階段は所々穴が空いていてた。
樋口はごくりと唾を呑み込む。不気味な雰囲気がその中に立ち込めていて、入る事が躊躇われるほど。何かが出そうである。しかし、樋口はそう考えると足が竦みそうになるのでその思考を頭の中から無理矢理取り払った。
『幽霊がいそう』
逆戻りした。
今先刻取り払った思考がだ。樋口は顔を引攣らせ乍らルナを見るが、彼女の表情は先程から特に変わっていない。しかも、樋口の視線に気付いたルナは振り返ってにこりと笑う始末。
「おい手前等、気を抜くなよ。この館が普通じゃねぇ事は確かだ。幽霊かは知らんが、中にいるモンには気を付けろ。ヤバイと思ったら、殺せ」
厳格な声で指示する中也。
そんな中也の言葉に首を傾げながら『幽霊って殺せないよね。ねぇ?樋口ちゃん』とルナ。樋口はと云うと、私に振らないで欲しいと苦笑いを浮かべる。
そして、中也とルナを先頭に四人は館の中へと入って階段を上がり、二階へのフロアへと進む。そこには一本の長い廊下が奥まで続いており、その所々に幾つもの扉があった。
『一つ一つ確認していく?』
「嗚呼、そうだな」
取り敢えず、ルナは近くにあった扉を開けた。足を踏み入れ中を見渡するルナに続いて、中へと入る樋口。埃っぽいが何の変哲も無い部屋だ。
「どうだ?」
『特に何もないよ』
「そうか。芥川、そっちは?」
「此方も問題ありません」
ルナと隣の部屋を確認し終わった芥川は各々にそう答える。何も変わった所はない。むしろ何かの気配すら感じない。それが余計に不気味だ。何しろ行方不明になった人達もまだ見つけていないのだから。
「なら、次の部屋を……」
不自然に言葉を止めた中也。だが、その理由を知らない者はいなかった。何故なら、四人の耳に鳴る筈もないピアノの音が聞こえたからだ。
それは不気味な程に低音と高音の旋律を奏で響き渡っている。
「なっ、何でピアノの音が……」
『誰か弾いてるのかな?』
「誰かって……誰がッ!?」
樋口が半ば叫びながらそう問うた瞬間、ルナと樋口が入っていた部屋の扉が音を立てしまった。最後の大きなピアノの音と共に。
「なっ!」
廊下に出ていた中也と芥川を目を見開いて、閉まった扉に駆け寄る。そして、その扉のドアノブを回した。
「オイッ!ルナ!樋口!」
名を呼びながら開け放った扉。中也と芥川は部屋の中を見て、言葉を失った。
その部屋は、蛻の殻。
先刻までこの部屋に居た筈のルナと樋口はその部屋にはいなかった。
「おい、どうなってやがる……こりゃ」
「……分かりませぬ」
一瞬の出来事。その僅かな間で消えた二人。
“生きては帰ってこられない”
その言葉が中也の脳裏を掠めた。
「…行くぞ芥川。何としてでもルナ達を探し出す」
「承知」
中也は外套を翻し、廊下を進む。
そして、この館に潜むまだ見ぬ敵を鋭い視線で見据えた。