第十八章 過去と未来の交錯点
『美味しい?』
「うまい」
小さな手でフォークを持ってパクパクと食べるミニ中也。
お腹を空かせたミニ中也を連れて来たのはファミレスだった。何か食べさせるとは云ったものの、この位の歳の子に何を食べさせたらいいか判らなかった為、暫く街を歩き回っていたが、ふと今の中也と同じくらいの子供を連れている家族がファミレスに入っていったのを目撃し、今此処に至る。
『お子様ランチを食べる中也ってば可愛い♡写真撮っておこ』
パシャパシャパシャと連写するルナ。フォルダに溜まっていく中也の写真はもう既に万を超えている。
お皿に乗ったものをしっかりと食べ終えたミニ中也の口周りを拭いてやり、ルナは再びミニ中也を抱えて街を散歩する事にした。
『ミニ中也、他に何か食べたいものある?遊びたい処でもいいよ。私が何処でも連れて行ってあげる』
「…なぁ、みにちゅうやってなんだ?」
『え?今の中也は小さいからミニ中也だよ』
「おれはちいさくねぇ!」
『あはは小さいじゃん。私の腕の中にすっぽり収まっちゃうんだもん。本当可愛い』
そう云って揶揄うとジタバタと暴れる。だが、ルナの腕はビクともせず中也が抜け出せる訳はなかった。ミニ中也は頬を膨らませる。
『(そう云えば…)』
この歳の中也は自分の異能を扱えたのだろうか。今のところ中也は一度も異能を使っていない。否抑も過去の中也は異能が何時発現したのか、元々の異能が本当に重力操作なのかも定かでない。中也には過去の記憶がないからだ。そして、それを知る術はもうない。
だがもし、記憶まで幼児化した年齢に戻るなら。
『ねぇ、中也』
白紙になってしまった中也の記憶が、
——————この子に問えば判るのでは?
「ルナ?どうかしたか?」
『……。』
澄んだ青い瞳が此方を見上げている。小さな手がルナの頬に触れ優しく撫でた。その温もりはいつもの中也の手と変わらない。優しくて温かい大好きな手だ。
『ううん、何でもないよ』
この子の記憶を詮索するのはよそう。中也はもう埋められない白紙の過去を受け入れ、しがらみから解放されているのだから。中也の許可なく無遠慮に掘り出したくはない。
『さーてミニ中也!まだ時間あるよ。次は何処行きたい?』
急にテンションが上がったルナにきょとんと目を瞬かせた中也だが、何処に行きたいかと聞かれ先程から遠くに見えていたものを指差した。
「あれ」
『あれ?…嗚呼、観覧車ね。じゃあ遊園地行こう』
横浜の象徴とも云える観覧車。流石子供の興味を引くのは空を回る夢の箱。あれに一度は乗りたいと思うだろう。
『遊園地かぁ。懐かしい。そう云えば彼処でデェトしたのは何時だったかな』
「でーと?」
『うん、好きな人とのお出掛けだよ』
「……ルナ、すきなやつ、いるのか?」
弱々しい問いかけとは反してぎゅっと強く服を掴まれる。明らかに先程と違う反応にルナは首を傾げた。
『そりゃ勿論……ちゅ……』
答えは勿論、中也だ。だがこの子も中也。本人とは云え、今目の前にいるのは幼児化した彼自身。この子にそれを説明しても伝わらないだろうし、こんなあからさまに落ち込まれたら良心が痛む。
『大きくなったら教えてあげるね』
ルナの返しにミニ中也は納得がいかないと云った顔をしているがそれも仕方ない。代わりに小さな頭を撫でてやる。ミニ中也は少し擽ったそうに身を捩った。
『さてと、此処から遊園地までは—————』
その時、殺気を感じたルナは中也の頭を庇い、飛んできた銃弾を避けた。地面に減り込む弾を視界の端に辺りを見渡す。後方500米先のビルにスナイパーが一人、そして周りの茂みに少なくとも十人は隠れている。
「此奴で間違いないのか?」
茂みから現れた武装した男達。先頭に出て来た男が背後にいた男に問うた。ルナは現れた輩を無表情に見渡し武力数を把握する。
「はい、数日前に森鴎外と共にいた女です。恐らく護衛かと。此奴を殺ればポートマフィア首領の首も取れるでしょう」
「ほう、ポートマフィア首領の護衛がこんな
本当に妄想が捗るおめでたい頭だ。慥かに今幼児を連れ歩いてるし、首領はいつも幼女を連れ歩いているが……。うん、勘違いされても可笑しくはないかもしれない。
「ルナ」
『大丈夫だよ』
重武装の怪しげな連中。ルナの服を握り締める
ミニ中也の手が微かに震えている。そんな不安を拭うようにルナはミニ中也に微笑みかけて、袖から暗器を取り出し、再び此方に放たれた弾丸を弾き落とした。こんな真昼間から奇襲とは心地よい天気が台無しだ。幸い人通りが少ない道でよかった。
『少し暴れても問題ないね』
「餓鬼諸共殺せ」
男が片手を上げた。銃口が一斉に此方に向く。そして、それが火花を散らす。四方八方からの連続射撃。被弾した銃弾が辺りに砂埃を巻き上がらせた。そして、銃声が止んだ。
「……ん?」
だがその刹那、砂埃と共に巨大な力に武装していた男達は吹き飛ばされた。木々を薙ぎ倒す威力に男達の体は宙を舞い、受け身を取る事も出来ずに地面に叩きつけられる。
『幼い子供の前で流石に此処を血の海にする訳にはいかないし。命が欲しかったら退いてくれない?と云っても先刻ので何人かは死んだと思うけど』
ルナを守るように黒い影が湧き出ている。男達を吹き飛ばしたのは影が具現化した巨大な白銀の尻尾。完全な獣の姿を見せずともこのような雑魚は一掃できる。
「だれなんだ?あいつら」
『只の小蝿だよ。この季節は多いのかもね。外は危ないし、遊園地はまた今度行こうか』
にこり、と中也に笑いかけてルナは歩き出した。今の中也に戦闘能力はないだろうからこれ以上外にいて万が一怪我するような事があれば大変だ。
『さ、帰ってお菓子でも食べようね〜』
シュークリームなら買い置きしてあるから大丈夫。この後は一緒にティータイムを楽しもう。芥川達が中也がこうなってしまった原因を突き止めるまでは思う存分にこの貴重な時間を楽しんでやろうとルナは鼻歌を唄いながら歩き出す。
「……ッ」
そんなルナの背にまだ意識のあった男が銃口を向ける。地面に叩きつけられた体を無理矢理動かして地面に這い蹲り、震える手でトリガーに指を押しあてた。
だが、銃声が鳴る事はなかった。男の首が血飛沫を上げて消える。巨大な獣の爪が男の首を頭ごと引き裂いたのだ。
地面に赤い血が流れる。
純粋な子供の目に触れぬよう起こった殺しはあまりにも一瞬だった。
