第十八章 過去と未来の交錯点




『本当にこの子が中也?慥かにそっくりと云うか、中也を小っさくした感じだけど…』


ルナは腕の中にいる幼子を見つめる。あの後、幾分か落ち着いて冷静になった。そして今、森、紅葉、ルナの三人で緊急会議を行っている。


「中也君と連絡が繋がらないし、その子供が中也君本人である可能性もあるだろうね。だが問題は何故中也君が幼児化したかだ。何か思い当たる節はあるかね?」

『うーん、人間が幼児化するなんて不思議な現象、異能力以外に説明つかないけど、昨日中也は一日中任務で外に出てたよ。その任務中に敵の異能力にやられたとか?でも、昨日の夜は特に変わったところなかったし、いつも通りの中也だった』

「異能がかけられてから発動するまでに時間に差があるのではないかえ?」

「だとしたら厄介だねぇ」

『あと考えられるのは………あ、起きた』


その時、腕の中で眠っていた中也と思われる子供が目を覚ます。眠気目をゆっくりとぱちぱち動かし、此方に視線をやった。


『えっと……おはよ、中也?』


ルナは眠気眼を覗かせるその子に微笑み挨拶してみた。その子の目は矢張り中也と同じ青い瞳。しかし、いつものキリッとした中也の瞳とは違い、子供らしいくりくりとした丸い瞳でルナを見上げた。そして、ぱちぱちと小さく瞬きして、周りを見渡す。


「ここ…どこだ?」


そして、辿々しい口調でそう云った。


『えぇ、何この子ちょー可愛い』

「本当じゃな。愛のう」


女性陣がその何とも愛らしい子を愛でるようにきゃっきゃっと顔を綻ばせている。そんな二人に森は苦笑して、本題に入ろうと先払いを一つした。


「それで、君は中原中也君で間違いないかい?」


ルナの腕の中にいるその子供に問う。大人三人が凝視しているから緊張しているのか、何処か萎縮しているその子を気遣うように紅葉が「名前、云えるかえ?」と優しく問い直した。


「おれのなまえは、ちゅうやだ」


これではっきりした。紅葉の推測は正しかった。この子はルナが産んだ子でも、中也そっくりな子でもない。中原中也本人なのだと。


『中也が幼児化…中也の子供の時の姿……

………か…』


ルナは腕の中にいるその子を見つめる。赭色のふわふわの髪、くりくりとした青い瞳。まだ筋肉のない柔らかな肌。自分の腕にすっぽりと収まる小さな体。


『可愛いぃぃ可愛い可愛い!ミニ中也ってばなんて愛らしいのぉぉ!!食べちゃいたくなる!』

「お、おい!ほっぺをすりつけるな!」


ルナは心燻る想いごと腕の中のミニ中也をぎゅーっと抱き締め、ぷにぷにの頬に頰づりをする。「次はわっちじゃ」と抱っこの順番待ちする紅葉もルナと同じような締まりのない顔で中也を取り囲んで戯れている。森はそんな二人を遠い目で眺め、本題に入る間を失った。


それからミニ中也を愛でるに愛でたルナと紅葉。漸く落ち着いた頃、緊急会議の本題へと進む。


「如何やら幼児化したのは体だけでなく、記憶もその齢の時期に戻るそうだね」

『うん、私の事も皆の事も知らないみたいだし…』

「何はともあれ、先ずは中也君がこうなった理由が判らなければ対処のしようもないね」


理由と云っても矢張り考えられるのは異能力の所為だろう。では誰の異能力だろうか。そこから調査を進めなければ、解決には至らない。


「取り敢えず、昨日かそれ以前に中也君が接触した人物から調べてみよう。それと彼がこんな状態になってしまった事を知るのは極一部の人間に留めるように、」


慥かに五大幹部の一人が幼児化したなんて噂が広まったら組織内を混乱させてしまう。中也のこの姿は惜しいが、疾く解決しする事に尽力しなければ。


『そうね。この件は私が調べて』


突然くいっと服を引っ張られ、ルナは腕の中にいるミニ中也を見る。頬を赤らめ、体をもじもじとするミニ中也を見て、『何?おしっこ?』と問うと「ちげぇっよ」と頬を膨らませて怒った。え、可愛い。


『じゃあなーに?』

「おなか…」

『お腹?』

「おなか…へった…」


きゅるるる、と小さな音がミニ中也のお腹から鳴る。そう云えば朝ご飯がまだだった。小さな子供がお腹を空かせたままは可哀想だ。


『首領、中也が幼児化した原因の調査を龍ちゃんと樋口ちゃんに一任するよ』

「君は?」


中也に関わる事だからてっきりルナ自らこの摩訶不思議な事件の解決に尽力するのかと思ったが、ルナはミニ中也を抱っこしたまま立ち上がり、扉の方へと向かう。そして、満面の笑顔で振り返った。


『勿論、ミニ中也のお世話だよ。こんな小さくてか弱い中也を一人にするのは危険でしょ。私が守ってあげなくちゃ』


さ〜朝ご飯食べましょうね〜と鼻歌を歌いながら中也を抱っこして出ていくルナ。そんなルナを見送り、森と紅葉の間に沈黙が流れる。チラッと紅葉が森を見れば、森は珍しく頭を抱えていた。





***




「首領からの急な呼び出し…何かあったのでしょうか」

「余計な詮索は不要だ。極秘任務を賜ったならば僕等はそれを遂行するのみ」

「はい先輩」


急遽芥川と樋口は首領執務室に呼ばれた。緊迫した緊急召集。極秘と聞かされたそれは任務の重責さを物語る。芥川はいつも通り無表情でいたが、樋口は緊張した面持ちで、最上階に繋がる昇降機を待つ。


昇降機が降りてくる。
一つ音が鳴り、扉が開いた。


「「……。」」

『あ、龍ちゃんと樋口ちゃん』


昇降機からルナが手をひらひらと振りながら降りて来た。芥川と樋口はその場で固まる。ルナの腕の中にあるそれを見て目をこれでもかと開いて。


「ルナ、さん…一体何時…中也さんとのお子ができたのですか?」

「……。」

『いやー実は今朝生まれちゃって。これから子育てするから暫く仕事休むね』

「け、今朝!?そ、それはおめでとうございます?」


素直な性格の樋口は直ぐに何でも信じる。ルナの冗談を間に受け、御祝儀を用意しなくてはと慌てふためいている樋口にルナは笑いを堪えて肩を震わせた。


「ルナさん戯れはそのくらいにして、その童は何ですか?」

『むぅ、龍ちゃんは冗談が通じなくて詰まらないよ』

「え!冗談なのですか!?」


相変わらず冷静な反応の芥川にルナは頬を膨らませる。頭の上に?マークを幾つも飛ばしている樋口を置いといて、ルナは腕の中にいるミニ中也の頭を優しく撫でた。


『まぁ、詳細は首領から聞いてよ。呼び出されたんでしょ。私はこの子にご飯あげなきゃだから』


じゃあ後はよろしく〜とひらひらと片手を振って去っていくルナの背中を芥川と樋口は見送る。樋口は相変わらず頭を混乱させており、芥川は何か面倒事が起きている事を予感して小さく息吐き出した。








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