第十八章 過去と未来の交錯点
それは或る日、或る朝。
ポートマフィアで突然起こった事件だった。
朝日が心地良い。
今日も天気は快晴だろう。晴れた日の朝は空気が澄んでいて、触れるシーツの柔らかさも気持ちが良い。そう感じるのは眠る傍に愛しい存在がいるからだ。
昨夜は熱に帯びた夜だった。互いの体に触れ合い、愛を囁き合う。愛しい存在と深く熱い熱に溺れ快楽の中に沈むのはいつだって特別な時間だ。
『……いない』
だが、目を覚ましてみると隣に中也の姿はなかった。まさか先に目覚めて仕事に行ったのだろうか。ルナは手を伸ばし中也が寝ていた処に触れる。まだほのかに温もりがある。ベッドから出てそれほど時間は経ってない。
『もう中也ったら、可愛い恋人を放ったらかして仕事に行くなんて』
ルナは頬を膨らませる。昨夜あれ程熱い夜を過ごしたのに朝起きたら傍にいないとは何という薄情者か。後で文句云ってやろうと思いながら上体を起こす。一度伸びをしてから床に転がっている衣服に手を伸ばした。
『あれ、中也が疾く起きたなら何時も服畳んでくれるのに……ん?』
その時、ルナは気付いた。
ベッドに謎の小山が出来ていることを。
上掛けに隠れてそれが何かは判らない。流石にこの大きさは中也ではないだろう。いくら中也の身長が低いと云っても、ましてや蹲ったとしてもこんなに小さくはならない。
ならば、この小山は一体何だ?
まるで呼吸しているかのように小さく上下に動くそれを見据え、ルナはごくりと喉を鳴らした。そして、そっと上掛けに手を伸ばす。
『………………は?』
完全に思考が停止した。そこには全く予想外、否、あり得ないものがいた。
小さく寝息をたてる子供。
ふわふわの赭色の髪が揺れる。
ルナの隣で寝ていたのは、
齢5つにも満たない中也そっくりの子供だった。
『………こ…こどっ…こどもッ』
ルナの顔がサァッと青ざめる。
『子供産んじゃったァァァァ!!!!』
パニック状態になったルナの絶叫が響き渡った。
ルナは考える間もなく自分とその中也そっくりの子供をシーツで包み、部屋を飛び出す。光の速さで廊下を走るルナの残像を数人の構成員が首を傾げて見送る。ルナは意味不明な叫びを口にしながら首領執務室へと猛スピードで向かう。
そして、一分も掛からず最上階の首領執務室へ辿り着き、突進する勢いで扉を開け放った。部屋には森と紅葉がいた。目を見開いて、突然入って来たルナに視線を向ける。そして、ルナの姿を見てギョッと顔を驚かせた。
『どどどどど如何しよう首領!こ、こどッ、うんっ、うま』
「ルナちゃんルナちゃん落ち着いて!如何したのかね?その格好は?」
「鴎外殿!向こうを向いておれ!ルナや、先ずお主は服を着た方がよい」
今のルナの格好は裸にシーツを羽織ってるだけだ。そんな格好でよく此処まで来たものだと紅葉は自身の羽織を脱ぎ、それをルナに掛けてやる。
だが、ルナは相変わらず顔を青ざめさせながら腕に抱えている何かをギュッと抱きしめ、爆弾的な発言を溢した。
『わ、私……今日の朝、子供産んだ』
「「……………は?」」
森と紅葉は同じ顔で同じようにそう疑問を溢した。ルナの腕の中にあったシーツが緩む。そこから見えたのは、中也にそっくりな子供だった。森と紅葉の思考も停止する。数秒間、誰も何も言葉を発さず、沈黙が流れた。
「き、君が妊娠してたなんて知らなかったよ」
『で、でも……昨日もちゃんと避妊したよ。中也、避妊具付けてたし、中出しはしてないし』
「避妊は必ずしも完璧にはできないという事だよ。父親は中也君に間違いないね。中也君を呼んでき給え。しっかり話をしなくては。……それにしても随分と急に孫ができたものだ」
「そんな訳なかろう!」
あまりにも突然にルナが子供を抱いて連れてくるものだから森は混乱状態になっている。当のルナも発言が混乱しており会話が滅茶苦茶だ。唯一パニックにならなかった紅葉がそんな2人に喝を入れる。
「二人共落ち着くのじゃ。昨日まで妊娠もしておらんかったルナに一夜で子供が出来る訳なかろう」
頭を抱えながら紅葉は冷静に今起こっている現象を考える。ルナの腕には慥に中也そっくりな子供がいる。問題なのはこの子供は誰だという事だ。
「ルナや、中也は今何処にいるのかえ?」
『判らない。起きたらいなかった』
「なら、その子供は何処にいたのかえ?」
『昨日中也と私が寝てたベッド。朝起きて、中也がいなくて、代わりに中也が寝てた処にこの子がいた』
「成程のう。ならば、その子はルナが産んだ子ではないのう」
何かを察した紅葉はまるで探偵のように顎を掴み相槌を打つ。そんな紅葉を見上げ、ルナは更に顔を青ざめさせる。
『え……つまり、この子は中也が私以外の女と作った子ってこと?』
「いや違うわ」
この世の終わりのように絶望した顔をしてそう云ったルナはもう思考が上手く回っていない。紅葉は溜息を吐いて、一度落ち着けとルナを宥め、携帯を取り出した。そして、中也の番号へかける。
「…矢張り出ないのう。中也は今日午前中は外に出る用事がなかった筈じゃ。そんな中也が携帯に出ないのは可笑しい。ならば、考えられるのは一つじゃろ。携帯に出られないのじゃ」
パタンと携帯を閉じて、紅葉は見透かした目でルナの腕の中にいる子供に視線を向け、指を差した。
「何故なら、
———————その童が中也だからじゃ」
紅葉が告げた言葉にルナは目をぱちくりと瞬かせる。腕にいる子供を見て、紅葉を見て、再び中也そっくりな子供を見た。
“そっくり”なのではなくて、中也であるその子供を。
『ええええええ!?』
再びルナの絶叫が響き渡った。
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