第十八章 過去と未来の交錯点
『ねぇ中也!次はシュークリーム食べに行こうよ!』
今日は雲一つない快晴だった。キラキラと輝く太陽が照りつける街をルナは中也と歩いていた。
夜の仕事までまだ時間がある。お互い日中に仕事が入らなかった二人は、今久々のデェトを楽しんでいた。
白いワンピースがルナの気分を表しているかのように楽しげに揺れる。ご機嫌なルナに釣られるように中也は頬を緩ませた。
車が行き交う道路上に架かっている歩道橋を上がる。ルナの行きつけのシュークリーム屋に行くならこの歩道橋を通った方が疾い。
『お店のおばちゃんが云ってたの。今日から新作のシュークリームが出るんだって!』
「へぇ、どんな?」
『えっとね慥か、レインボー味』
「レインボー味ィ?どんな味だよ」
『中に入ってるクリームがカラフルなんだって。詳しくは聞いてないけど、青がソーダで、黄色がバナナで、オレンジが人参で、赤がトマトって云ってた』
「何だそのチョイス。本当に美味えのかよ…」
ルナが羅列した味を聞くと全く美味しそうに感じない。だが、『一緒に食べようね』と笑顔で相槌を促してくるルナに中也は口を引き攣らせて頷くしかなかった。
『そう云えば此間ね————』
二人が歩く前方に数人の男たちが向かいから歩いてくる。ゲラゲラとお声で笑いながら横幅が狭い歩道橋で広がって歩く男達。先頭の男がすれ違いざまにルナとぶつかりそうだったので、中也はルナの肩を引き寄せて避けた。
「チッ、危ねぇな。彼奴等全然前見てねぇじゃねぇか」
男達はぶつかりそうだった事にも気づきもせず、歩道橋の階段に向かって行く。あのような非常識な連中は何処にでもいるものだ。
ルナは『ありがと』と庇ってくれた中也に礼を云いう。そして、チラッと肩に触れる中也の手を見る。中也はこんなちょっとした危険に気づいて、守ってくれる。それが嬉しい。抱き寄せられた肩が迚も温かかった。
「なッ!彼奴等!」
ルナが嬉しさに顔を綻ばせていると突然中也がそう叫んだ。ルナが如何したの?と訊くよりも疾く中也は歩道橋の柵に飛び乗り、重力を使って飛躍した。中也が向かって行った方を見ると、先程の男達と今まさに階段の上から転げ落ちている老婆がいた。
「おい大丈夫か!?婆さん」
「う、ううっ…」
間一髪でお婆さんが落ちる前に中也がキャッチし、地面に打ち付けられずにすんだ。お婆さんはショックで気が動転しているが、外傷はなさそうだ。
「やべっ!逃げるぞ」
慌てて逃げる男達。大方、先程の男達が前を見ずに階段を下りていた処に階段を上がって来ていたお婆さんに気付かずぶつかったのだろう。大の男が足元の覚束ない年寄りにぶつかれば如何なるかなど判りきった事だ。案の定招いてしまった事件。その罪を反省もせずに脱兎の如く逃げようとしている男達は本当に非常識極まりない。
男達は焦った顔で歩道橋を走って逃げる。下では動けないお婆さんを支えている中也が「オイコラ!待ちやがれ!」と叫んでいる。
『……はぁ』
表社会であっても物騒な出来事が転がってるものだ。
「おい!どけ女ッ—————ぇ」
ルナは先頭を走っていた男に足払いをかけ、そのまま地面に倒れた男の腕を後方へ掴み上げた。男が痛みに悲鳴を上げる。
「痛ててててッ!何しやがんだてめ…ガッ」
『はいはい現行犯逮捕。て、私はサツじゃないけど』
抵抗してきた男の頭を踏みつけて黙らせる。他の男達はその場に尻餅をついて呆然と小柄な女にやられている男を見て顔を青ざめさせていた。
『(捕らえたはいいけど此奴等どーしよ。結局お婆さんは無事だし、警察に引き渡すって云っても私マフィアだしなぁ。まったく中也ったら、マフィアの癖に人助けしちゃうんだから)』
捕らえた男達を如何するか悩みながらルナは歩道橋の下を見やる。此方が男達を捕らえた処を見たのだろう。中也は助けたお婆さんと何やら話していた。立てないお婆さんの肩を支え、優しく手を貸している。
『……。』
「んがぁぁ!イテテテテッ!折れるッ腕が折れるゥゥゥッ」
無意識に男の腕を捻り上げていたルナは男の哀れな悲鳴も耳に入らず、眉間に皺を寄せ階段の下を睨み付けた。
***
「ほんにありがとうございます。この御恩は一生忘れません」
立場上流石に警察を呼ぶ訳にはいかなかった為、男達にしっかりと謝罪をさせてそのまま解放した。お婆さんは大分落ち着いて自力で立てるようになり、早々に中也とルナに深々と頭を下げた。
「貴方はわたしゃの命の恩人です。何かお礼を差し上げたいのですが」
お婆さんは皺の入った手で中也の手を握り、まるで仏様を見るような目で中也を見上げる。
「礼なんざいらねぇぜ。それに彼奴等捕まえたの此奴だしな」
『私何もしてない。お婆さんを助けたのは中也でしょ。中也が手厚くお礼して貰えばぁ?』
「手前何でキレてんだ?」
『べっつにー?』
仏頂面でそっぽを向くルナに中也は首を傾げる。こんな老人相手に嫉妬してしまう自分は心が狭いのだろう。だが、どんな相手であれ嫉妬ししてしまうのは仕方ない。老人とは云え中也の手が自分以外の女に触れているのは矢張りいい気分ではない。
「そうだ。御礼にこれを貴方方に」
お婆さんはそう云って鞄の中から質のいい布に包まれた物を取り出した。中也がそれを受け取る。布が掛かっていて何か判らなかったが、それなりに重さがある。
「どうか御礼に受け取って下さいな。或る骨董屋で店主に勧められて買ったものです。装飾が綺麗で屹度気に入って下さると思います」
相変わらず仏様を見る目で渡してくるものだからこれ以上断らずに中也はそれを受け取る。御礼と云われたらあまりしつこく断っても悪いだろう。
お婆さんはもう一度深々と頭を下げ礼を云った後、ゆっくりとした足取りで去って行った。
『で、お礼に貰ったそれ何なの?』
「さあ何だろうな。まぁ帰ってから開けてみるか」
中を確認するのかと思ったが中也はそれに見向きもせずルナに視線をやり、手を差し出した。
「シュークリーム食いに行くんだろ?」
突然なハプニングがあったが今はデェト中。何よりも優先すべき時間。ルナが不機嫌になった理由など中也は判っていた。異常な迄の焼きもち焼きなところが可愛いとすら思う。
『へへ、うん!』
優しく差し伸べられた手を嬉しそうに握るルナは先程の不機嫌さを吹き飛ばして、幸せそうに笑った。
『レインボーシュークリーム2人で200個食べるぞ〜!』
「マジか…」
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