第十七章 暗夜に告げる黎明の奏で





「闇市でかけられた懸賞金が千億とは、うちのルナちゃんは随分と人気があるねぇ」


淡い洋燈が灯る首領執務室。椅子に腰掛け、報告書を読みながら森は冗談めいた口調で云った。そんな森の冗談に太宰が大きな溜息を吐く。


「それじゃあルナに云っといて下さいよ。色々後始末が面倒だから、これ以上有名になるなって」

「それは無理だろうねぇ」


今回の騒動で漏れた情報の隠蔽をしたのは太宰だった。“闇の殺戮者”の姿が映ったデータ、“闇の殺戮者”に千億の懸賞金をかけた連中、それらを闇に葬るのに少し危ない橋を渡ったが、その記録を消す事が出来たのは太宰だからと云う他ない。


「それで、頼んだ調査の程は如何かね?」


それでも太宰の顔は晴れなかった。この事件の終止符は打てても、全てを解決した訳ではなかったからだ。


「千億を出資した奴等の正体は判らなかった。幾ら調べても、まるで神隠しにあったかのように消えた」


この事件で一つ不可解だったもの。
千億を出資したのが誰であるか。


“闇の殺戮者”に千億の懸賞金をかけた者は慥かに存在していた。ルナの漏れた情報を消す為に、その存在を闇に消す事ができても、それが誰であるか特定する事は出来なかった。


一体何の目的で“闇の殺戮者”に千億と云う莫大な懸賞金をかけたのか。ルナに怨恨のある者の仕業か、それとももっと違う目的があったのか。今やそれを調べる術はない。


「何も情報がなさすぎて、何だか気持ちが悪いよ。寧ろこの件にはこれ以上深く関わらない方が善いかもしれないですよ、首領」


あの太宰でさえお手上げならばこれ以上調査しても無意味なのだろう。森は「そうしよう」と一つ息を吐き出す。それ以上森は何も云わなかった。部屋に沈黙が訪れる。手を組み、静かに黙考している森の表情は硬い。


そんな森を一瞥し、太宰はそれ以上何も云わずに執務室を後にした。








***





朝日が心地よかった。


目覚めと微睡の間、意識を手繰り寄せるように朝日の光を眺めた。昨日、ルナと話をして、何時眠ったかあまり覚えていない。


目覚めの朝のあまりの心地よさに意識が覚醒する事を拒んでいるようだ。今日も仕事。判っている。でも、もう少しだけこの腕の中にある温もりと共に眠りについていたい。

 
、、、、。



ぎょっ、と目を見開き覚醒した。


「なッ……」


いつもはそこにない腕の中にある温かな温もりの正体はルナだった。小さな寝息を立ててまだ眠っている。


何故、この体勢で寝ているのか記憶がない。だが慥かに自分の腕はルナの小さな躰を抱き締め、寝台に寝転んでいる。


「……マジか」


寝息を立てて静かに眠るルナの顔を覗き見る。この体勢になったのは決して下心があった訳でない。中也の腕がルナの躰を包んでいると同じようにルナは中也の服を掴み離そうとしない。寧ろ少し身を捩ると離れたくないと云うように擦り寄ってくる。


「可愛いすぎだろ」


思わず出てしまった本音に気付いて口を閉じる。それでもルナはまだ眠っている。安心したように。その顔は年相応の少女の寝顔だ。


それが何だか嬉しくて、中也は寝台に頬杖を付きながらルナの寝顔を眺めた。


ルナが目覚めた時、ルナはどんな顔をするだろうか。以前のルナはどんな時であれ、その顔に感情の一切を出さなかった。けれど、少しずつ変わっていっている。


「ルナ」


眠る彼女の髪に触れ、露わになった額にそっと口付けする。


———————愛しい。


そう思わずにはいられなかった。胸の内にあるこの感情はもう如何したって抑えられない。


「あーマジで好きだ。もう告っちまうか…」


ルナの寝顔を見ながらポツリと呟く。しかし、考えてみる。もし断られたら?否、抑も自分はルナに恋愛対象としてこれっぽっちも見られてないのではないか……。そう思うと勢いでこの想いを伝えるのはよくない気がしてきた。


『ん』


そっと宝石のようなオッドアイの瞳が開く。心地よい眠りから覚めた眠り姫のようにルナは陽の光の温かさに目を細めた。眩しい温かな光。それは朝日の光だけでない。優しく微笑み此方を見つめる中也が迚も眩しかった。


『中也、おはよ』


この時、そう云って微笑んだルナの笑顔は中也の心を完璧に撃ち抜く。


「うっ……マジでお前……ずりィ…」

『?』


中也がルナの可愛さに悶えている事など露知らず、ルナは首を傾げる。



麗らかな朝日が照らす柔らかなベッドの上、まだ互いの気持ちを知らなくとも、二人の心は優しい朝の空気で満ち溢れていた。













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