第三章 死を奏でる旋律の館




組合との戦いを終え、数週間の月日が経った。
建物は破壊され、一般人も巻き込んだ今回の戦争。街は立て直しの日々を過ごし、本来の横浜の姿を取り戻しつつある。



そして、ポートマフィアでも組織内の立て直しが進んでいた。組合戦で組織内から死者は多数出た。だが、新たに加わる構成員の数は少なくない。裏社会に手を染める事はどんな仕事よりも稼げる仕事なのだから。また、地位が上に上がれば上がる程貰える額も違う。


勿論今回の戦争で活躍し地位を上げることが出来た者もいる。下級構成員から中級構成員に上がるだけで天と地の違いがあるのだ。



そして、書類を手に抱えて歩くポートマフィアの遊撃隊員である樋口。彼女は特に秀でた才はないものの、持ち前の努力と決めた事は貫き通す性格によりこの地位まで上り詰めた一人。



樋口は纏めた書類の枚数を数え乍ら最上階にある首領執務室を目指していた。部屋を出る前に漏れが無いようにしっかりと確認したが、それでも不安は残る。首領に届ける書類だ。間違いなど決してあってはならない。


真剣な顔で書類を数える樋口の後ろから話し声が聞こえてきて、彼女は後ろを振り返る。其処には、肩を並べて歩いてくるルナと中也。


「本当にちゃんと書けたのかよ」

『大丈夫!完璧よ!私に抜かりなんてあるはずが』
「おい、ここ間違えてンぞ」

『うそっ!?』


中也が手に持っていた書類を歩きながら覗き込むルナ。あまりに近い二人の距離に遠目から見ればイチャついるようだ。そんな二人を樋口は足を止めて見詰めた。まるで仲の良い二人を羨ましがるように。


『まあ、これくらい首領が直してくれるから平気でしょ』

「そう思えンのは手前くらいだな」

『それよりさ、昨日食べたシュークリームがね……って、あれ?こんな処に突っ立って如何したの?樋口ちゃん』


前方に目を向けた時、此方を見た儘立っていた樋口を視界に捉えたルナは樋口にそう問う。ルナと中也をボーッと眺めていた樋口は自身の名を呼ぶ声にはっと我に返り「え、えーっと、その…」と片手をあわあわと動かして言葉を探した。そして、中也が手に持っている紙の束を見て思い出す。


「書き終わった書類を首領に届けようと」

「嗚呼、手前もか。ちゃんと誤りがないか確認したか?」

「は、はい!もう10回以上は見返したので大丈夫だと思います」

「善い心掛けじゃねェか。此奴と違ってな」


中也は皮肉を込め乍ら持っていた書類でルナの頭を数度叩く。されるが儘に叩かれているルナは仏頂面で頰を膨らませた。


「樋口を見習えよ、ルナ」

『……私だってやれば出来るもん』

「そう云う事は出来てから云いやがれ」


ルナの頭に書類を置いて歩き出した中也。ルナは頭からそれを手に取り『うぅーっ』と声を出し乍ら書類を睨んでいる。そんなルナに樋口は何も云えずに苦笑いを浮かべたのだった。



揃って首領執務室を訪れた三人。
中也を先頭にその部屋に入れば、森は執務机で書類に羽根ペンを走らせていた。


三人が入ってきた事で森は書き物を止め、顔を上げる。中也とルナのペアは兎も角、樋口も一緒にいるのは何処か新鮮で、珍しい組み合わせだ、と森は心の中で呟いた。


『首領、私だってやれば出来ますから』

「何の話かね?」


ズカズカと歩み寄ってきて、書類を森の手に押し付けたルナは早口にそう云うが、話の内容が掴めない森は首を傾げる。


そして、ルナの次に丁寧に書類を森に手渡し頭を下げた樋口。彼女を横目にルナが再び口を開く。


『やる気が追い付かないだけ、という事です』

「ああ、成る程。そう云う事か」


察しのいい森は手渡された二つの書類の束を見ながら笑った。ルナの事をよく分かっている森はルナが云いたい事を理解した。つまり、やる気があれば書類整理くらい出来るので今回の誤りも見逃してくれ、と云う意味だ。


まあ、これはいつもの事なので特に間違いがあっても咎めないし、後で直しておけばいい。抑もいつもならルナちゃん自身も気にしない筈だが……。


そう思考して、森はルナの後ろに視線を向ける。そして、ふっと薄く笑みを零す。理由が直ぐに判ったからだ。



森は受け取った書類を机の端に寄せる。そして、「却説……」と指を組み乍ら三人に向き直った。


「いきなりで申し訳ないが、君達に頼みたい事があってね」


森がそう話を切り出せば、中也はルナの隣に並び立つ。それを見た樋口は慌てて二人の一歩後ろに下がって立った。首領である森が云う頼み事とは、つまり任務の事であるからだ。


「街外れの森奥深くに奇妙な館があるのは知っているかい?」

「館…、ですか?」

「そう。実は、最近になってその館に関する妙な噂が広がっていてねぇ。何でも、一度その館に入ったら二度と帰っては来れない……と云うものらしい」

『変な噂』


呆れたような口調で呟くルナ。そんなルナとは対照的に樋口は口を噤んでゴクリと喉を鳴らした。


『それで?それがポートマフィアうちと何の関係があるの?』

「噂が立ったのは数週間前からだ。その館に立ち寄った一般人が次々に姿を消していく事が噂の出所らしい。そして、数日前その館の調査に向かったうちの構成員達も行方知らずになった」


指を組んで深妙な顔付きになった森。たかが噂たが、この街の闇を支配しているポートマフィアにとって見ぬ振りは出来ない。小さな火種が時に大きな炎となる可能性がある。そうなる前に邪魔なものは何であろうと素早く排除しておくべきだ。


「よって、君達に任務を与える。
その噂の正体を突き止め、不穏なものは全て排除してくるように。いいね?」

『了解』
「承知しました」


二人揃って頭を下げたルナと中也。
だが、二人の後ろで同じように頭だけを下げた樋口は「……あの」と云い辛そうに口を開く。


「その任務に、私も同行するのでしょうか?」

「勿論だよ、樋口君」

『えっ!そうなの?』


ルナは目を見開いて声を上げる。てっきり、自分と中也に与えられた任務だと思って話を聞いたいたからだ。しかし、それは樋口も同じだった。


最初こそ驚いていたが、今はもう『頑張ろうね〜』と満面の笑顔で樋口の手を握っているルナ。ルナは歳が近い女同士の樋口を気に入っているのだ。


『じゃあ、龍ちゃんも一緒?』
「え!?」


今度は樋口が驚いた声を上げた。ルナのその言葉に無意識に瞳を輝かせて森を見てしまった樋口。


「ああ、そうだね。芥川君にも同行して貰おう」


樋口は心の中がガッツポーズをした。
一応云っておくがこれは任務であり、決して浮かれたお出掛けではない。しかし、樋口の脳内方程式は、芥川先輩と任務=至福の時間♡である。


『よかったねぇ樋口ちゃん。
私も久し振りに中也と同じ任務だ、へへ』


因みにルナの脳内方程式も、中也と任務=デェト♡で、樋口と大して変わらない。


危険な任務に行くと云うのにホワホワとした雰囲気を漂わせる女二人を見て、苦笑する森と顔を引攣らせる中也。


「その場の指揮は君に任せるよ中也君」

「はい……」


こほん、と咳払いをしながらそう云った森に中也は力なく返事をしたのだった。



2/8ページ
いいね!