第十六章 蠱惑な蝶よ、魅惑の花よ




ぎし、ぎし……。


軋む音が部屋に響く。


淡い洋燈の灯だけがゆらゆらと揺らめいている。その灯の周りをひらひらと蝶が踊るように飛んでいた。


ぎし、ぎし、ぎし。


コン、コン。


もう一つ音が響き渡った。


「ん、どうぞ」


綺麗な女の声。それを聞き扉が開く。


そこは広い部屋だった。天井にはシャンデリア。今はその灯は灯っておらず、静かに天井にぶら下がっているだけ。部屋の中心にあるのは大きな寝台で、高級な赤い天幕がそれを覆っている。その天幕は半分開いており、部屋に入ってきた人物はその開け放たれた寝台に視線を向けた。


「あら、“No.1”。何か用かしら?」

「お楽しみ中のところ申し訳ありません。女王様」

「いいのよ。こっちへいらっしゃい。近くでお話ししましょう」


“No.1”と呼ばれた男は扉の前で会釈してから呼ばれるままに寝台に寄った。そこには寝台に横になり優しく微笑んでいる女がいた。女王様と呼ばれたその女。弧を描く赤い唇に赤く染まった長い爪。足元まであるだろう長い黒髪。


そして、その白い腕に愛しそうに抱いてるものを自身の胸に引き寄せながら“No.1”と呼んだ男に笑みを向けた。


「でも、もう少し待っていて今とても気持ちがいいの。ほら、んっ…この人もう少しでイきそうよ」


女がその腕に抱いているもの。


それは裸の男だった。

そして、女も裸だった。


その女は何も纏わぬ姿で大きな寝台の上で男とまぐわっていた。女の大きな乳房に顔を埋めて、男は取り憑かれたように腰を振っている。その反動でぎし、ぎしと音を立てて寝台が揺れていた。


「あっ、いいわ。ん、そのまま、わたくしの中に全てを注いで」


部屋に嬌声が響き渡り、そして静かに止んだ。


女王と呼ばれた女は果てた男の頭を撫でながら視線を再び“No.1”に向けて微笑んだ。男はその場に跪き、頭を垂れたまま口を開いた。首元にある蝶の刺青とその羽に刻まれたNo.1と云う数字が怪しく光る。


「報告です。城に侵入者が入りました。人数は五人。その内に異能力者の存在も見られた模様。如何されますか?」


女王はその報告を聞き男の頭を撫でる手を止めた。そして、その手をそっと前に伸ばす。灯の周りでひらひらと飛んでいた蝶が静かに女王の指に止まった。


「それは魅力的な華かしら?」


妖艶な笑みを浮かべながら女王が問う。


「女王様のお気に召すかは判りませんが、四人はどれも顔立ちのいい若い男です。そして、一人、女がいます」

「……そう」


“No.1”と呼ばれた男は垂れていた頭を上げる。女王は指に止まっている蝶を口元に持っていってそれに小さく口付けた。


「男は私が選抜するまで殺しちゃ駄目よ。女の方は、今すぐにでも殺して頂戴。この城に他の女が入るだなんて、溝鼠のようで穢らわしいもの」


真っ赤な唇に弧を描いて、女王は嗤いながら云った。それを聞き、「かしこまりました。女王様」と“No.1”は紳士の如く頭を下げて、立ち上がる。その時、扉からもう一人の来訪者が訪れる。


「嗚呼女王様、今日も一段とお美し……何だ君もいたのか“No.1”」

「“No.2”、女王様の部屋に入る時は叩音を忘れるな。無礼だぞ」

「君は本当にお堅いな」


両の掌を上にやって肩を竦めた男。その首には蝶の模様とその羽にNo.2と描かれた刺青がある。


“No.2”と呼ばれたその男は女王がいる寝台の前まで歩み寄り、胸に手を当てて頭を下げた。


「五人の侵入者については女王様もご存知かと思います。続けての報告で申し訳ございませんが、“与太者”がその輩共により殺されました」


女王の指から蝶が飛び立つ。ひらひらと羽を振り、寝台の周りを飛んでいった。女王はその蝶を目で追い、一度ゆっくりと瞳を閉じた。そして、赤い唇を動かす。


「そう。それは残念ね」

「いいえ、女王様。貴女様が胸を痛める程の男ではありません。奴は貴方様の下僕の中でも異端中の異端。礼儀を弁えぬ愚か者です」


“No.1”が何の情もない声で云った。寧ろ“与太者”と呼ばれた男を嫌悪するかのような物言いに“No.2”はまぁまぁと宥めるよう続けた。


「彼奴の女癖の悪さはいつもの事じゃないか。おまけに誰よりも嫉妬深いから面倒くさい奴だが、腕は悪くない。得物の大砲を構えた彼奴を止められる奴は早々いない。俺等護衛団に次ぐ実力者だったよ」

「護衛団は実力だけが全てではない。如何に女王様に貢献するか、だ。一寸いっすんでも揺れ動く忠誠心など不要」


No.1は腰に下げている剣を胸の前で掲げて云った。その言葉にNo.2は「慥かにその通りだな」と頷いた。その会話を聞いていた女王がふふ、と妖艶な笑い声が聞こえる。


女王は口元に手を当ててまるで愛らしいものを見るように“No.1”と“No.2”に目を向け、腕の中にいた男を退けた。そして、何も纏わぬまま寝台の蓋に腰掛ける。


「でも、私はあの子のそんな処が好きだったわ。ベッドの上では誰よりも獣みたいに求めてくれたもの」


自身の腕で体を抱き恍惚と空を仰ぐ女王。ざわっと空気が揺れる。灯の周りを飛んでいた蝶達が女王の傍に集まり、まるで囲むように飛び回った。キラキラとした粉が舞う。光の粒子が舞い落ち、その場の温度を上げた。


“No.1”と“No.2”はその場に膝をつき、上がった体温に体を震わした。そして、頬を染め女王を見上げた。


ニヤリと赤い唇が弧を描く。女王は腕を広げ、小首を傾げた。


「侵入者は後の三人に任せて、私達は溺れましょう。蝶が誘う快楽の中へ」


“No.1”と“No.2”は再度頭を下げ、着ている着物を寛げた。そして、その声と微笑みの美しさに誘われるまま寝台に沈んでいった。








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