第十六章 蠱惑な蝶よ、魅惑の花よ
「蝶華楼の頭目が女?」
行動を共にした五人は目的地へ向かう為地下の秘密通路を歩いていた。前から太宰、敦、中也、ルナ、芥川の並びで、先頭を歩いていた太宰の話に中也は首を傾げる。
「国木田君の話によるとね。数日前、蝶の毒にやられた国木田君が意識を取り戻した時、こう話していたいたのだよ」
“気付いたら俺の周りに蝶が飛んでいた。そして、何処からか歌が聞こえてきたんだ。美しい歌声だった。朦朧とする意識の中で、俺は見た。黒く艶やかな長い髪、妖艶に弧を描く赤い唇。俺は思わず見惚れてしまい、そして意識を手放した。”
「—————て、女性への理想が高すぎて全くモテないあの国木〜田君が目覚めてそうそう云っていたのだよ」
探偵社の医務室の寝台の上で窓の外に目を遣りながら何処か遠くを眺めるようにそう云っていた国木田の姿を思い出して、太宰は面白可笑しそうに話した。仲間が危機に陥ったと云うのに太宰のこの様子。国木田独歩という男について詳しくは知らないが恐らく彼もこの男に苦労しているのだろうと中也は同情の念を送る。
「っく!あまりにも羨まし過ぎるよ国木田君!私もそんな麗しの美女に逢いたい!何なら殺されてもいい」
「云ってろ」
拳を握り締めて悔しさに耐える太宰に白けて目を送り、適当にあしらった。しかし、武装探偵社の国木田とはあまり面識がないが、彼は理想主義者で勤厳な性格であると聞いている。だから、その太宰の話は些か不可解だった。
「その国木田って奴は瀕死の状態で見つかったんだろ?なのに何でその女に惚けてんだよ。毒にやられて頭でも沸いたのか?」
「判ってないね中也。たとえ毒にやられたとしても美女なら大歓迎じゃないか。それにあのまま助けが来なかったら国木田君はその美女にいいようにされていたのかもしれない。まあ、国木田君は美女の好みじゃなかったのかもね」
「好み?」
太宰の言葉に中也が首を傾げる。前を歩いていた太宰が振り返り、噂話を立てるように「如何やらその美女は大層な趣味をお持ちのようでね」と口角を上げながら続けた。
「ターゲットを毒で弱らせ、気に入った男がいれば殺さずに強姦するのだとか」
その太宰の言葉にその場にいる全員が固唾を飲んだ。敦は身を震わせ、芥川は無表情に冷や汗を垂らす。中也は忌まわしげに眉を顰め、ルナは嫌悪感丸出しの顔で、『趣味悪』と唾棄した。
蝶華楼と云う組織で判っている事は頭目が女である事。その頭目の女が危険生物である毒の蝶を横浜に持ち込んだ事。そして、殺しと強姦を行なっている事。
一体何が目的なのか不明だが、この先放置していれば街の秩序を乱す存在になるかもしれない。
「つか、その頭目の女は主に男を狙ってんだろ?いいのか?こんなに野郎を連れてきて。餓鬼もいるしよ」
中也はくいっと顎で敦を指した。敦は肩を揺らして、恐る恐る顔を上げる。可愛らしい顔立ちを思い切り歪めて、真っ青な顔をしていた。今の話を聞いて、自分が狙われるかもしれないと云う恐怖に背筋が凍りつく。
「まあ美女の
『一寸、待って』
太宰の言葉に一疾く反応してのはルナだった。ルナは眉を顰め、腕を組んで話に割って入った。
『中也が狙われたら如何するの?』
「大丈夫だよ。そんな物好きいないから」
「おいそりゃ如何云う意味だコラ」
莫迦にされた気がして青筋を立てる中也だったが、そんな中也と太宰の間に割って入ったルナは中也を庇うように立ち塞がった。
『中也が一番格好良いんだからこの中じゃ一番狙われる可能性が高いに決まってる』
きょとんと太宰が目を丸くする。あまりにもルナが真剣な声でそう云うものだから言葉を失った。『絶対中也を囮なんて駄目』と腕にぎゅっと抱きついてきたルナを見て中也は照れ隠しか小さく咳払いをする。
「ま、まあそう云う事だ。美女も囮役も手前に譲ってやるよ太宰。何しろルナが厭がるもんでな」
ふわふわと中也の周りに花が咲いている。喜びを噛み締めて口角がニヤけている中也を今度は太宰が白けた目で見て、けっ、と舌打ちを打った。