『中也っ、あっ、あ、ん』


———————ルナ


俺の腕の中で俺を求めるルナは如何しようもなく可愛い。


きめ細かく滑らかな白い肌に触れる度にぴくりと反応する。喘ぎ声と吐息を零す唇にはいつだって齧り付きたくなる。


俺の名を呼ぶ可愛い声。
俺を見つめる綺麗な瞳。


もっと、聞きたい。
もっと触れたい。


その声を、その躰に。


求めるようにルナの腰を掴み、律動を激しくする。熱の所為なのか、いつもは感じるルナの肌は体温がないように感じた。もっと、強い刺激が欲しくて、更に激しく腰を打ちつける。


『あっ、や、中也っ、中也、もうイくっ』



——————嗚呼、俺もだ……俺も…









「……んっ」



最初の目覚めで感じたことは、愛しい温もり……ではなく、眩しい陽の光だった。


まだはっきりしない頭のまま天井をボーっと眺める。そして、その視界がはっきりとし、同時に寝ぼけていた脳も晴れてきた時、股に感じた不快感に飛び起きるように覚醒した。


「……な、………マジか」



ガバッと布団の下を覗き込み思考が停止した。一体どのタイミングだろうか。まだ乾いていないところをみると今さっきのようだ。中也は顔に片手を当てて大きく溜息を吐いた。


「はぁ、この歳になって夢精とか……思春期の餓鬼じゃあるめぇし」


夢……を見た実感はなかった。先刻までルナを抱いていた。熱を出して、ルナが見舞いに来て、それから———————。


「それから……」


中也は部屋の中を見渡す。自分はちゃんと服を着ており、寝台には先程起き上がった時に額から落ちたであろうタオルがあるだけで、ルナの姿はなかった。


———————何処からの記憶が正しい？



熱の所為で幻覚でも見ていたのだろうか。ルナを抱いたのは自分の妄想だったのか。否抑もルナは見舞いに来てくれていたのだろうか。


「………取り敢えず、着替えるか」


射精して汚してしまった服を着替えなくては。中也は寝台から起き上がり、立ち上がる。寝起きの怠さはあるものの、熱による怠さはなかった。体力が回復したのだろう。中也は汚れた下着を脱いで新しいものに履き替える。スラックスだけを履き、そのまま汚れた服を持って洗面所に向かった。


『あ、中也。起きた？』


中也は目を見開く。洗面所の扉を開ければ、風呂上がりでタオル一枚のルナがいた。髪は濡れ、その先からポタポタと水滴が垂れている。咄嗟に持っていた服を背後に隠した。


『体調はどう？もう体は平気？』

「……あ、嗚呼」


中也がそう頷けばルナは昨日と同じように中也の額に自身のそれをつけて熱を確認する。そして、『熱下がってる。よかった』と安心したように微笑んだ。


その笑顔を見て無性にルナを抱き締めたくなったが、今後ろ手で持っている汚れた服の存在を思い出し、流石に躊躇われた。だが、ルナが風呂に入っているという事は矢張りあれは幻覚なんかじゃないのだろうか。高熱を出した所為か昨夜の記憶が曖昧だ。ルナを抱いたのは、果たして現実だったのかそれすらも判らなくなってきた。


「……お前、何で風呂入った」

『昨日入れなかったからだけど、中也も入る？』

「…後でな」


取り敢えずルナに気付かれる前に中也は汚れた服を洗い場に投げ込んだ。朝っぱらから夢精しておいて、昨夜の情事は熱による幻だったのだとしたら、居た堪れない。


チラリとルナを横目で見る。視線に気付いたルナは、ん？と首を傾げて、濡れた髪をタオルで拭いていた。


『あ、そうだ。取り敢えず割れちゃった窓は簡単に直しておいたよ』

「窓？……嗚呼、手前が飛び込んで来て割ったやつか」

『だって本当に吃驚したんだもん。中也が熱出したなんて聞いてさ』


ルナは髪を拭くのを止め中也の傍に寄る。そして、中也の顔色を慥かめるように覗き込んだ。


『元気になって安心した』


そして、またにこりと優しげに笑う。


中也はその笑顔に釣られるように微笑み、今度こそルナの体を抱き締める。


「お前がつきっきりで看病してくれたからな」


そう云えばルナが嬉しそうに微笑んだ。柔い肌と温かい体温、そして髪から香るシャンプーの匂い。これは幻覚じゃない。今度こそ絶対に。


『でも、よかった。結局最後中也ったらシてる間に気絶しちゃったから、もっと熱あがっちゃうかと思った』


ルナのその発言に中也は思わずルナの肩を掴んだ。ルナはきょとんと目を丸くして首を傾げる。


『如何したの？』

「や、やっぱ…昨夜ヤッたよな？幻覚じゃなくて……」

『うん。……若しかして覚えてないの？』


中也は目を逸らす。その様子にルナはジトッと中也を見据える。中也はだらだらと汗を流した。一体何処までが妄想で、何処までが現実か判らなくなった。


『まあ、覚えてなくても仕方ないよね。あんな高熱だったんだもん。私は気にしてないから』


ふん、とルナがそっぽを向く。絶対気にしてるその反応に中也は失言だったと後悔した。記憶が正しければ、体を心配してくれてるルナに無理矢理自分が強請ったようなもんだ。肌を重ねた記憶がないと云われたら、自分だって今のルナと同じ気持ちになるだろう。


「いや、覚えてるぞ。ただ…その記憶がごっちゃになってな……。確認なんだが、今朝も…ヤッた、よな？」


その問いにルナがえ？と首を傾げ、そのまま首を横に振った。


『今朝はしてないよ。中也、昨日寝落ちしちゃってから一回も目を覚ましてないでしょ？』

「………。」


矢張り朝のアレが妄想だったのだ。妄想で、ルナを抱いて、そのまま達して射精してしまったのだ。何だろうか……この矜持がズタボロにされた気分は。


『如何したの？すっごい落ち込んでるけど大丈夫』


熱を出した挙句、夢精までしてしまうとは此間から色々とツイていない。何処からか疫病神でも連れてきてしまっただろうか。


此方に背を向けて何故か落ち込んでいる中也の様子に不思議な思ったルナだが、ルナは心の中で安心していた。大人の高熱は油断ならない。中也が熱を出したと聞いてどれだけ焦ったことか。


ルナは中也の背中に抱きつく。中也が不思議そうに振り返った。ルナは瞳を優しく細め、中也の耳元に唇を寄せた。


『今日はお休みを貰ったよ。だから、昨日できなかった分、中也の好きにしていいからね』


その言葉が何を意味するのか。


中也は顔を赤くさせて、舌打ちを溢した。だが、背中に当たる柔らかいルナの肌の感触に中也はそれ以上我慢が効かなくなり、昨夜の続きを求めるようにその愛しい存在をその場に押し倒し、余すことなく喰らったのだった。









第十五章【完】＿＿＿＿＿Next、第十六章へ