第十四章 あの空をもう一度見れるなら




急遽呼び出された二人は会議室に向かった。


今、会議室にいるのは、森、中也、ルナ、芥川の四人。席の向かい側で芥川が書類を手に口述している。


そんな中、又もや中也との時間を邪魔されたルナは会議中にも関わらず仏頂面である。ルナは芥川の単調な声を耳に、腕を組んで隣にいる中也を横目で見た。ルナに反して中也は神妙な面持ちで書類を見据えている。此方を見る気配は全くない。


『(もう、中也ってば)』


情事中あれだけ余裕なさそうだったのが、今ではしっかりと仕事モード。切り替えが疾いと云うか何というか。つい先刻まで寝台でヤッていたとは思えない何と云う澄まし顔だろうか。


一向に此方に見向きもしない中也にムカついてルナは隣に座る中也の脚を軽く蹴った。中也が眉間に皺を寄せ、何だよ、と云う顔で漸く此方に視線を向ける。


中也の白状者、と声に出さずに口だけパクパクと動かしたルナに中也は怪訝な顔をし、視線を書類に落とした。その澄ました態度にムカついてルナはもう一度中也の脚を蹴る。中也は無視を決め込む。ルナが蹴る。中也が無視する。ルナが蹴る。中也の額に青筋が浮かび上がった。


『ッ!』


もう一度蹴ろうとしたルナの脚は床に接着剤で固定したかのように動かなくなる。力を込めても自身の意とは反して動かない脚。ルナは中也を睨み付けた。中也は横目でチラリとルナを見た後、声に出さずに、大人しくしてろ、とルナに伝え、再度書類に視線を落とした。


『(くそぉ、中也め)』


ルナは椅子の肘掛けに手をついて自身の体重を支え、床にへばりついた足を無理矢理動かそうと力を込めた。腹の底から力を入れて足を少し浮かせる事ができてもそれを上回る中也の重力が阻止する。机の下で無言の攻防が続いているが、今は大事な会議中である。


「成程。慥かに多数の組織による抗争が短期間に多発している。それはどれも小規模だが、我々の縄張りでも起こっている事だ。この横浜を統べる組織として見過ごすわけにはいかない。………聞いているのかね?ルナちゃん」

『聞いてま、すゥッ…うわっ!』


ルナの叫びと共にガンッと激しい音を立てて机が一瞬宙に浮く。ルナが中也の異能に対抗する為力任せに自身の足を持ち上げようとしたのだが、中也が突然異能を解除した事により、その勢いのまま机を思い切り蹴り上げてしまったのだ。


全員の白けた目がルナに向いた。


『違う!今のは中也が悪い!!』


ルナはその視線の居た堪れなさに慌てて立ち上がり、横に座る中也をビシッと指差す。


「先にちょっかい出してきたのは手前だろ」

『何よ!だって中也が』

「はいはい、判ったから座りなさい。会議中だよ」


森は机を軽く叩いて勃発しそうになった喧嘩を諫めた。森のその言葉にルナは眉を顰める。元はと云えば誰の所為だこの野郎、と心の中で悪態を吐いた後、大人しく座り直した。


「しかし、この多発している抗争には如何にも不可解な点があるそうじゃないか。そうだね芥川君」

「はい」


気を取り直して会議を再開させた森が芥川に呼びかける。芥川は咳払いした後頷き、その不可解な出来事を思い出すように目を伏せた。


「抗争があったその場に、奇妙な死体が幾つも」

「奇妙な死体?」


片眉を上げて中也が聞き返す。芥川は伏せていた目をゆっくりと開けて、その場にいる全員に向けて云った。


「どの死体も、

––––––––––––両の目が抜き取られているのです」


辺りに張り詰めたように緊迫した空気が漂った。森が目を閉じて組んだ指の上に顎を置き、中也が神妙な面持ちで腕を組む。そして、ルナは先程蹴り上げた事で盛り上がってしまった机を撫でていた。


「爆発物等で吹き飛んだ可能性は?」

「可能性はありますが、中には頭部の損傷が殆どないものもあります故。その死体も等しく目がないとなると…」

「故意的に抜き取ったのか…… 」


もしも態と抗争を多発させている誰かがいたとしたら。曾ての大抗争のようなたった1人の首謀者が起こした厄災が再び起こるかもしれない。だとすれば、このまま多発する抗争を見過ごす事も犯人を野放しにする事もできない。


森は机の一点を見据え何かを黙考した後、視線の先をルナに向ける。ルナはというと中也に耳打ちで『ねぇ此れ如何しよう…』と盛り上がってしまった机を指差している。


「ルナちゃん、それはもういいよ。後で新しい机に替えるから。それより、今日買い物に行ったビルで爆発が起こっただろう。部下の調べによると我々が去った後、あのビルでも同じような死体が見つかったそうだ」

『あのビルで?』


森の言葉にルナの雰囲気が変わる。その表情はどこか硬い。腕を組んで黙ってしまったルナに全員の視線が向いた。しかし、次に誰かが次に言葉を発する前に扉から叩音音が聞こえる。森が返事をすれば、外から黒服の男が入ってきてその場で頭を深く下げた。


「会議中失礼致します。報告に参りました」

「続けていいよ」

「はっ。横浜市街各地で他組織による不審な動きが見られました。近いうちに再び抗争が起きるかと」


森の視線が鋭くなり、中也が立ち上がった。


「首領、もしこの多発する抗争が何者かに企てられたものならこれ以上首謀者を野放しなするのは宜しくないかと」

「そうだね。任せてもいいかい?中也君」

「はい、勿論です」


頭を下げた中也が黒外套を翻して扉に向かう。その時、一瞬ルナに目を向けたが、ルナは未だに腕を組んで黙ったままだった。ルナは首領専属護衛。これから抗争が起こるのならば、例外はあれどルナのいるべき場所は首領の側だ。


しかし、ルナは閉じていた瞳をゆっくりと開けて、森に向き直った。


『首領、少し調べて欲しい事があるんだけど』


オッドアイの瞳が霧に隠れた敵を捕らえる獣のように鋭く光った。







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