第十四章 あの空をもう一度見れるなら




ルナは車窓の枠に頬杖をつきながら大きな溜息を吐いた。その表情はまさに憂鬱そのもの。そんなルナの雰囲気に隣に座っていた森が横目で彼女を見遣る。


「如何かしたかね?」

『やる気が起きない』


面倒臭そうに答えたルナは何度目かになる溜息を吐き出した。


「そう云えば、君の直属の部下の調子は如何だい?」

『んー正直あんま期待できないかなぁ』


あれから数日。ルナ直々に藍花の暗殺鍛錬を行なっているのだが、中々成長の見込みがない。殺気は疎か気配すら消せていない彼女は本当に今まで如何やって暗殺を仕事としていたのだろうと疑ってしまう。


『可笑しいなぁ。鏡花ちゃんに教えた時は半日で殺気を消せるようになったのに。あの子は覚えも早かったし。ていうか抑も殺気を消すくらいさ、空を飛べって云ってるん訳でもないし簡単だと思うんだけどなあ』


森はルナの言葉に心の中で呟く。それは、君と鏡花君が特別だからでは…と。しかし、天才は出来ない人の気持ちが判らないとよく云う。暗殺の、殺しの才能を持って生まれたルナにはそうでない者の気持ちなど判る筈もないだろう。


『…ねぇ、首領』


囁くように小さな声で呼びかけたルナに森は視線を向ける。窓に映ったルナの表情。見慣れたその顔に森は次の質問がどんなものか悟り苦笑した。


『後何日で中也帰ってくるの?』


矢張りか、と心の中で森は呟き目を閉じた。


「向こうの状況にもよるが…、まぁ早くてもニ週間は掛かるだろうね」

『ニ週間。……はぁ』


ルナが憂鬱な原因はまさにこれだ。現在中也が出張中。しかも、いってらっしゃいの挨拶もできぬまま。藍花の初仕事の為出払っている時に来た中也からのメッセージは「出張に行ってくる。暫く逢えねぇ」と熟年夫婦並みの短文だった。その軽い文面が何だか余計腹立たしい。それから数日経った訳だが、突然の別れを強いられたルナの気分は最悪だ。愚痴が止まらないのも頷ける。そして、その怒りの矛先は自ずと森へ行く。


『はぁ、何でこういつもいつもタイミングが悪いんですかね。中也とのイチャイチャ中に呼びつけるわ、長期の出張を云い渡し私達を逢えなくするわ。首領は織姫と彦星を邪魔する天帝ですか?』

「(うーん、今回は大分機嫌が悪い)」


こう云う時は余計な事は云わずに黙っておくのがよい。中也不足のルナの前で下手に彼の名を出すと情緒不安定中のルナには逆効果だと森は熟知している。


そして、車内は重い空気のまま横浜の道路を走っていった。













***









「–––––––––––今回の獲物は?」



薄暗い部屋。

洋燈は全て消え、蝋燭の火と窓から差し込む月光だけが灯る場所。


どさり、と肉塊が落ちる音が暗闇の中で響いた。


「…灰色」


ポツリと呟いた声は水面のように静かだった。
その声に反して愉しげな声が響く。



「灰色か…。まぁ、そのものの色も大事だけど、大切なのは見た目でなく、見える世界・・・・・だ」



目を細め、上げられた口角。


肉塊に細く白い手が伸びる。


「君は、どんな世界を見てるのかな?その世界を、景色を見せてくれ」



部屋に光が広がる。
自然光とは違う。

異質で、幾多の文字が映し出された怪しげな光。


その光に照らされた横顔を見つめ、目を閉じた。


––––––––––––もう何も、見ないように。







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