第二章 過去に抗う者達よ
幾度も足で床を叩きながら椅子に腰掛けているルナ。その顔には眉間に皺がより如何にも不機嫌といった表情をしていた。
『くそぅ首領め。どうしても私を暇人にさせたい訳ね』
「聞こえているよルナちゃん」
『聞こえるように云ってるんですよ』
「酷い!」
しくしく、と泣く真似をする森にルナはチッと舌打ちを零す。その舌打ちを聞いて「女の子が舌打ちするもんじゃありません!」と泣きながら叱る森。だが、ルナはそんな森に追い討ちをかけるように『うざぁ』と呟いた。そして、はぁ、と一つ溜息を零し椅子に座りながら膝を抱えて蹲る。
『中也は探偵社の隠れ家に乗り込みに行っちゃったし。………つまんない』
ポツリと小さな声。エリスが「ルナ、大丈夫?」と話しかけているが反応しない。そんなルナを見て森は苦笑する。そして、「そうだ、ルナちゃん。君に頼みたい事がある」と切り出した。その言葉に少し顔を上げて視線を森に向けたルナ。
『何……?』
「次の作戦だ。Qを座敷牢から出してやりなさい」
冷酷な笑みを向けてそう云った森をルナは黙って数秒見据えた。だが、その後にふっと笑う。
『相変わらず手段を選ばないね、首領』
足を上げて椅子から飛び降りたルナは扉に向かって歩き出した。
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ルナは階段を下りて座敷牢を目指していた。奥へ進むたびに光が小さくなり薄暗くなっていく場所。鼻を掠めるのは古びた木の匂い。
『かぁごめ、かごめ。籠の中の鳥はいーつ、いーつ出遣る』
徐に歌い出したルナ。それは古くから子供達に親しまれて歌われる童歌。陽気に歌われる筈のその歌をルナは無情な声で歌った。
『後ろの正面』
「だぁれ?」
ルナの歌に合わせるように幼い声が続きを歌った。ルナの視線の先にはふふふ、と楽しそうに笑う童が一人。歳は十二、三くらいの外見だ。その幼い姿はこの座敷牢には似合わない。
「ルナお姉ちゃん、久しぶり!昔みたいに僕と遊んでくれるの?嬉しいなぁ」
『悪いけど、遊んだ記憶はないよ』
「そうだっけ?ふふふ」
口元の笑みを消さないまま笑うQ。そんなQを見てルナも口元に笑みを浮かべて座敷牢の鍵を開けた。
『出なさい。お仕事だよ』
牢から手の届かない処に置いてあった人形を持ち、ルナそれをQに手渡す。人形は不気味な笑みを浮かべて何かを嘲笑っているようだった。
***
僕はただ皆を守りたかっただけ。
虎の異能力を使って、この力で仲間を守りたかっただけ。
もう昔の自分はいないのだと。
ただ、それだけだったのに……。
僕は敵の異能力によって精神を冒され、仲間を傷つけてしまった。太宰さんが止めてくれなかったら僕は……仲間を殺していたかもしれない。
敦は拳を握り締めながら階段を上っていく。その表情は自身への情けなさと後悔の思いで一杯だった。
誰もいない探偵社事務所に戻ってきた敦は重い溜息を吐いた。
「おや童、一人かえ?」
突然、一人だと思っていた敦の耳に声が入り敦は驚く。敦が声の方に目を向ければ、ポートマフィアの五大幹部である尾崎紅葉が書物を読んでいた。
「何故此処に……」
「私は太宰と取引をしたのじゃ。行方不明の鏡花を見付け出し救うならばそれを此処で大人しく待つ、との。童は善いのか?太宰の側に居らんでも」
「太宰さんは政府の
紅葉が敦に向かいの席に座るよう促す。一瞬顔を顰めて躊躇した敦だったが紅葉が襲い掛かってくる気配もないので大人しく席についた。
「成程のう。異能特務課と云えば国内最高峰の秘密異能組織じゃ。味方とすれば探偵社最大の切り札となるじゃろうな」
「そうすれば遠からず鏡花ちゃんは探偵社に戻ってこれる」
敦のその言葉に紅葉は肯定せずに「どうじゃろうな」と睫毛の影を頰に落として呟いた。そして、敦に静かな声で問いかける。
「のう、童。幾月か計り稽古を受けただけの娘が35人も殺し果せると、本気で思うのか?」
敦は紅葉のその言葉に顔を上げて彼女を見据える。
「才能じゃよ。才能が鏡花の魂に黒く絡みついておる以上、あの子は闇から抜け出せぬ」
敦は鏡花と一緒に過ごして何となく気付いていた事を紅葉の言葉で思い返した。初めて彼女の刃を受けた時も、探偵社での初任務の時も彼女にはその才能がある事に。
俯いた敦を見て紅葉は一度彼から視線を外し、これを云うべきか悩んだが、その数秒後口を開く。
「鏡花の才能を引き出したのはのう、ポートマフィアにいる鏡花の暗殺の師なのじゃ」
「暗殺の師…?」
「鏡花の師は天才と称えらる程の暗殺者での。恐らく、鏡花に絡みつく鎖が強過ぎるのは“あの子”の……」
その瞬間、紅葉は脳裏にふわりと揺れた緑のマフラーを見て言葉を止めた。そして、「いや、何でもない」と一度哀しみを乗せた儘笑みを浮かべた後、真剣な瞳を敦に向けて云った。
「童、鏡花を頼む」