第十一章 罪を以って裁きを制す
《共喰い事件》から数日後、豪華な料理が並ぶ宴会場で首領の快癒祝いが催された。
宴会と云っても特段着飾るような事はせず、ルナはいつもの格好で森の側に控えていた。美味しいそうな料理に目もくれず、携帯を見据える。何も連絡が入ってないのを見て、ポケットに戻してはまた取り出して見る。今度はそれを操作して、ある一つの釦を押そうとして、指が止まる。それを繰り返してばかりいた。そんなルナに紅葉が近づく。
「ルナや、怪我はもう大丈夫かえ?」
『うん、平気』
ルナが持っていた携帯をポケットに入れながら答える。それを見ていた紅葉が眉を下げながら苦笑した。
「先刻、連絡が入ったぞ。中也は無事じゃ。もうすぐ帰ってくる」
『…うん、判ってるんだけど』
自分宛の連絡が来ないのだ。探偵社との抗争中、中也からの連絡を散々無視しといて今更それを待つだなんて虫のいい話だ。心配かけただろう、怒ってるかもしれない。だから、自分から連絡を入れるのも躊躇われた。
俯いてしまったルナの頭を優しく撫でてから紅葉は「帰ってきたら、元気な姿を見せておやり」とルナに料理が乗った皿を差し出す。それを受け取ってルナは頷いた。
ルナは料理が乗った皿を持ったまま辺りを見渡す。樋口が芥川の好きそうな料理を選んでる姿。樋口が選んだ料理に眉を顰めて首を振っている芥川の姿。広津や銀、立原が談笑しながら料理を食べている姿。姐さんが優雅に葡萄酒を飲んでいる姿。締まりのない顔で幼女にお菓子を勧めている森の姿。それらを一つ一つ眺めて、ルナは持っていた料理に手をつけず、それを机の上に置いた。
そっと、瞳を閉じて首に巻かれているマフラーに手を添える。今はない温もりを求めるように。
–––––––––––バタンッ。
突然、宴会場にそんな音が響いた。全員の視線がそちらに向く。そこにいたのは、中也だった。走ってきたのだろうか、少し息を乱して宴会場の中を見渡した。
ぱちり、と目が合う。その瞬間、中也が帽子を深く被った。踏み出そうとしたルナの足は止まる。何とも云えない緊張が走った。ツカ、ツカ、と乱暴な靴音を立てて中也が此方に向かって真っ直ぐ一直線に歩いて来る。帽子に隠れて見えないがその雰囲気は良いものとは云えなかった。あ、これは拙いぞとルナは思った。
『あ、あのね中也!』
ルナはあわあわと両手を前に出して焦る。怒ってる、これは絶対怒ってる。自分は深手を負ったまま戦場に行って、中也の連絡も無視し続けたのだ。拳骨で済むならいいが、あの雰囲気はそれだけじゃ済まなそうだ。ルナの額にはヒヤリと汗が伝う。
『怪我はもう治ったよ!本当だよ!一寸傷が開いたりもしたけど、でももうピンピンしてるから!嘘じゃないよ!何なら此処で踊れちゃう!』
兎に角中也の怒りを鎮めようと饒舌になるルナ。『リンボーダンスでもやろうか?』と云いながらフラダンスをやり出してるルナを周りの者達は冷や汗を垂らしながら見守っていた。
目の前まで迫った中也を見て、ルナはもう諦めた。此処は大人しく殴られようと。
しかし、ルナが感じたのは痛みではない。
ルナは、目を見開いた。否、ルナだけじゃない。その場にいた全員が同じように目を見開いて、中也を見た。
––––––––––––強くルナを抱き締める中也の姿。
何も云わずに中也はただその腕でルナを抱き締めた。まるで縋るように、その存在を確かめるように強く。
『ちゅ、や』
ルナは驚きで上手く声が出せなかった。自分が今抱き締められていると判ったのは、中也の温もりを強く感じたから。強く、強く抱き締められて少し苦しい程に。
人前で中也がこんな事するなんてルナは思ってもみなかった。部下や姐さん、首領の前だって判っている筈なのに、中也の腕は緩まなかった。
ルナの耳元で小さく中也が呟く。背中に回った手が微かに震えているのを感じてルナはその声に耳を澄ませた。
「ルナ、無事でよかった」
呟かれたその言葉にルナは涙が出そうだった。それを堪えながら中也の背に手を回し、ぎゅっと抱き締め返す。
『うん中也、ごめんね沢山心配かけて。私は大丈夫だよ』
中也がどれだけ心配してくれたのか。
どれだけ不安だったのか。
判るよ。
私も中也の立場なら、屹度同じだから。
その場にいた全員が抱きしめ合う二人を見詰めていた。森や紅葉は微笑ましそうに。樋口や銀は泣きながら。芥川や他の皆は見守るように。
強く抱き合う二人がそんな皆の視線に気付くのは、まだ数分先の事。