第十一章 罪を以って裁きを制す






「全員戦線構築を中止!首領が病床より消えた!」


無線機に向かって樋口が叫ぶ。そんな樋口とは対照的に広津は冷静なまま云った。


「地下密室からの消失か…。お手上げだな。探偵でも呼ぶか?」

「広津さん」

「冗談だ。外の見張りに目撃情報があった。首領は自らの意思で此処を出たのだ。護衛も付けずたった一人で」

「そんな!探偵社に命を狙われている状況で何処へ!?それにルナさんだって!あんな怪我で一体…」


タイムリミットまでもう十二時間を切った。そんな中、上司が姿を消している。自分の知らない場所でこの抗争を止める為にそれぞれが動いているのだ。危険を顧みずに。


「首領も、恐らくルナさんも我々を守る為に行動されたのだ」


広津のその言葉に樋口は固く拳を握り締めた。





***




水浅葱色の髪が揺れる。


白い建物の中をルナは迷いのない足取りで進んで行く。その瞳には何の感情もない。


ある一室の前に看護師がいた。赤い顔で誰かと話をしている。ルナはそんな看護師の背後に立って、部屋の中にいる人物を見遣った。


「嗚呼ごめんね、お姉さん。先客が来たみたいだ」


看護師が後ろを振り返り、気配なく背後に立っていたルナに驚いて、そそくさと逃げるように部屋を出て行った。ルナは真っ直ぐ部屋の中にいる男に目を向ける。


「やあ、久し振りだねルナ。あ、勘違いしないでくれ給えよ。先刻の看護師のお姉さんとは一寸お話しただけさ」

『如何でもいい』

「そうかい?何なら、君にしてあげてもいいけど」


冗談なのか本気なのか判らない口調で云う太宰をルナは無表情のまま見据える。


「よく私の元に来る気になったじゃないか。森さんに命令でもされたのかい?」

『太宰なら、魔人を捕まえられると思った。だから、来たの』

「へぇ、随分君に信頼されてるのだね私」


その言葉に肯定はせず二人の間に沈黙が続いた。夕陽の光が窓から差し込み二人を照らす。


「こっちに来給え、ルナ」


太宰が手招きする。ルナは一瞬太宰の真意を探るように躊躇ったが、徐に足を進めて寝台の横に立つ。太宰の手がゆっくりとルナに伸びていく。ルナはピクリとも動かず無表情に伸びてくる手を見据えた。


「二人きりで逢ってるなんて知れたら、あの蛞蝓が怒り出しそうだ」


伸ばされた手が途中で止まった。太宰は観察するようにルナの足先から頭まで順番に視線を向けていき、少し驚いたかのように目を丸くした。


「ふむ、大怪我をしているのかい?珍しいじゃないか。実は私も腹を撃たれたのだよ」

『よかったね』

「酷いな。私は痛いのは嫌いなのだよ?まあ、今は怪我なんて心配している暇はないけどね」


太宰はルナから視線を離して自身の掌を見る。ルナもそれに視線を向ける。太宰の掌にあったのは小さなチップ。


「さあ、此処からが正念場だよ」


太宰はそれを握り締め、ルナに笑みを向けた。





***




太宰の作戦はこうだ。


芥川と敦が敵のアジトに潜入し、最優先捕縛目標のウイルス異能者を捕らえる。そして、第二に頭目のドストエフスキー。


見張りと感知器を抜いた芥川と敦が敵のアジトに潜入している頃、大型トラックの中で太宰はパソコンを操作しながら無線機越しに指示を出す。


「廃坑北部から車三台だ」


太宰が端的に無線機にそう云ってから数分もしないうちに無線機から声が聞こえた。


〈『囮だった。魔人じゃない』〉

「なら、西側だ。幌車を追え」

〈『了解』〉


無線機の通信を切らずにルナはイヴに乗ってアジトの周りを駆け回る。芥川と敦がウイルス異能者を追っている間、太宰とルナは首魁たるドストエフスキーの捕縛に専念していた。太宰が指示を出し、奴がアジトから逃走するのをルナが阻止し、捕らえる。それが太宰の作戦だ。ルナならば、短時間で移動が可能であり、戦闘能力も高い。一つも漏れなく囮りと云う罠を消去出来る。



幌車に追いついたルナはイヴの爪によって両断された車両を覗き込み、そこに乗る人物を確認した。ただの雇われ犯罪者。これもバズれだ。


『太宰、これも違う』

〈「次は南東だ。囮の可能性が高いが、向かってくれ」〉


ルナは無線機越しに頷き、イヴに跨る。その時、無線機から太宰の声が聞こえた。


〈「待て、ルナ。…東に戦闘ヘリ……地上…」〉


ぶつぶつと何かを呟く太宰。ルナはイヴに跨ったまま太宰からの指示を待つ。


〈「…それだ。ルナ、西方向に歩いている登山客らしき人物を拘束しろ。大至急だ。森さんの兵も動かせ」〉

『イヴ!西へ』


ルナの声に応え、地面を蹴ったイヴが弾丸のような疾さで駆けて行く。直ぐに見つけた人影。ルナは懐から短刀を抜いた。イヴから飛び降りて地面に着地する。目を見開いて此方に振り返ったその登山客らしき人物を見て、ルナは無線機に指を当てる。


『太宰、やられたよ。ドストエフスキーじゃない』


太宰が唇を噛み締めた気配が無線機越しから伝わった。ルナは無線機に指を当てたまま、太宰の次の指示を待った。ルナの何かを射抜くようなその瞳には敗北の色などない。


「ルナ、最後の一手を使う。私と共に来給え」


ルナはその言葉を聞き、静かな声で『了解』と呟いた。





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