第十章 夢魘に熟れし果実を喰らう
『うーん、まさか探偵社に逢うとは思わなかった』
顎に手を当てながらルナは首を捻る。思わぬ遭遇に少し驚いたが、相手は此方の正体に気付いてなさそうだった。まあ、武装探偵社員の約半数には顔を知られていると思うが。
『ま、如何でもいいか。仕事仕事』
ルナの声が薄暗い空間に響く。
此処は地下鉄が走る地下空間。洞窟のようなその空間は日光を遮断し、人工的に設置された蛍光灯が照らすだけ。
線路を辿って随分歩いた。この地下空間にはポートマフィアの秘密通路が設置されている場所だ。ポートマフィアの構成員が行方不明になったのは恐らくそこに向かう途中での事だろう。更に奥へと進む度、風の匂いが変わっていく。人の気配はない。
ルナは立ち止まった。
『(可笑しい。頭に入ってる構造と違う)』
全て頭に記憶している地下空間の構造と今通ってきた構造にルナは違和感を感じた。変わっている。真っ直ぐ続く道の先を見据えるルナ。消えかけている蛍光灯が点滅している。奥は暗く深い。
その時、風に乗って微かな臭いを拾った。それは嗅ぎ慣れた臭い。ルナはその臭いを辿って行った。
ルナは辿り着いたそこを見据える。その場にしゃがみ込み冷たい地面に触れた。
『(血痕。乾き方からして、二日は経ってる)』
丁度、最後に行方不明になった構成員が姿を消したのは二日前。
ルナは立ち上がり辺りを見渡す。誰の気配もない。奥に続く暗闇を見据えても何も見えなかった。右眼に手を当ててコンタクトを外す、そして森に一つ連絡を入れる為ポケットから携帯を取り出した。
––––––––––––刹那。
ルナの腹を“何か”が貫いた。
手に持っていた携帯が地面に落ちる。ルナは目を見開いて、己の腹を貫いたその“何か”を見下ろした。
『ッ、い、ばら?』
腹と口から出た血が地面に飛び散った。ルナの腹を貫通したそれは茨のような蔓。木の根にも似た太さのそれはまるで生き物のように蠢いている。
ルナは歯を喰いしばって懐にある短刀に手を伸ばす。だが、その手をもう一つの茨の蔓が押さえ込んだ。
まるで獲物を逃さないとでも云うように無数に現れた茨がルナを捕らえる。
先刻まで気配なんて全くなかった。突然現れた異様なもの。誰かの異能力か。もし人間の攻撃ならルナは殺気で気付く筈なのに。それを感じなかった。
次の瞬間、地下空間がぐわりと歪んだ。
今まで地下の空間だったものが何処も彼処も茨だらけ。まるで“何か”の体内のような。
……あれ?
–––––––––––昔、これを何処かで…。
意識が朦朧とする中で記憶の糸を手繰り寄せたルナを無数に湧き出た茨が暗闇の中に引き摺り込んで行った。