第二章 過去に抗う者達よ
暗く広い空間。赤い点灯が照らすそこには料理がずらりと並べられる程の長机、高級そうな六つの椅子以外何もない。
扉から一番奥の椅子に腰掛けているのはポートマフィア首領森鴎外だ。
この部屋に集められたのは組織内でも
「
「如何やらシェルターに用があって来れないそうだよ」
『逃げたんじゃないですか?』
「チッ、幹部の風上にも置けねぇ野郎だ」
森から幹部全員に召集命令が出されたのが一時間前。いつも拠点内にいる尾崎紅葉、中原中也、菊池ルナの三人は呼び出されて直ぐにこの場へと集まったが、五代幹部の一人であるAはシェルターに逃げ込んだらしい。
「まあいい。始めよう」
森は白手袋を嵌めた指を組み、前を見据えた。森の言葉によって緊迫とした空気が一瞬にして部屋の中を覆い始める。
「君達も知っての通り異国の異能力組織、組合がこの横浜に来たことで街の秩序が乱されつつある。これはこの街の闇を統べる我々に対しての亡状であり、侮辱だ。そして、武装探偵社も例外じゃあない」
森の視線が紅葉、中也、ルナの順に向けられていく。そして、呼吸を置いた森は続けた。
「故に、我々は敵対する二組織を徹底的に潰す。先ずは探偵社。君達五大幹部に探偵社員全員の鏖殺を命ずる」
威厳ある言葉で命じた森の表情にはいつも幼女を追いかけ回している面影は一切感じられなかった。冷酷で無慈悲。そこにいるのはポートマフィア首領である男の姿。
「……のう、鴎外殿」
張り詰めた空気の中、最初に声を出したのは紅葉だった。全員の視線が彼女に向く。
「探偵社員全員とのことじゃが、探偵社に囚われた鏡花を救う事は出来なんだか?」
紅葉は泉鏡花という少女に執着していた。それは彼女の境遇が自分と似たものだからなのだろう。
「鏡花君か…。いいよ、許可しよう」
美しい顔に哀しみを乗せていた紅葉の表情は森のその言葉に喜びに変わる。そんな紅葉を見て森は一瞬微笑み、視線をルナに向けた。ルナはその視線に気づいていたが何も云わずに瞳を閉じている。
「では、俺は武器を集めて部隊を手配しておきます。部隊編成の方は…」
「君の好きにしていいよ」
森の言葉に了解しました、と頭を下げる中也。そんな中也を見て、ルナは森に視線を向けた。自分はどう動くべきか、ルナの行動を決めるのはルナ自身ではなく森だ。
探偵社に乗り込んでの鏖殺か?
探偵社社長の暗殺か?
それとも、組合の方か?
ルナは森の返答を待ちながら、自分はどんな任務が出されるのか考えていた。
「ルナちゃん、君は動かないように」
『え?』
だが、森がルナに云った言葉はそれだった。五大幹部全員が動く程の戦争になるのに、何故自分は動いちゃいけないのか。理解が追いつかないルナは目を丸くしてそう訊き返す事しかできなかった。
「私が許可を出すまでこの本部から出ては行けないよ。いいね?」
『待って首領!何で私だけ!?探偵社殲滅任務は!』
「おいルナ、会議中だぞ。座れ」
ルナはバンッと両手を机について勢いよく立ち上がった。そんなルナにピシャリと注意したのは中也。
「何か問題があるのかね?」
『大有りよ!だって、それじゃ中也が…』
そこまで云って言葉を止めたルナは中也に視線を移した。そんなルナの視線に中也は眉を寄せる。
「……ンだよ」
何も云わず黙り込むルナ。全員の視線がルナに向けられている。立ち上がったまま何かに葛藤するルナ。だが数秒後、大人しく席に座り直した。
「君の気持ちも理解できる。だがこれは私の決めた最適解だ。分かってくれるね?」
『…はい』
俯きながらだが、ちゃんと返事したルナに森は宜しい、と微笑む。そして解散の合図を出したのだった。
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会議が終わって直ぐに中也は部隊編成をしに急ぎ足で駆けて行った。私を置いて。大事な事なのでもう一度云う、私を置いて。
『ちぇっ』
小石を蹴るように床の上スレスレを蹴る真似をするルナ。そんな彼女の顔は退屈という文字が書いてあるような表情だ。
私は拠点でお留守番か。皆が戦争に着々と準備していってるのに。
はぁ、と溜息を吐いた瞬間、後ろから「ルナや」と自分の名を呼ぶ綺麗な声が聞こえたので振り返る。そこには姐さんがいた。
「少し時間いいかのう?」
『私、暇人なんです姐さん』
「ふふ、そうであったな。まあ、気を落とすでない。其方の力は直ぐに必要になるのじゃから」
袖で口元を隠して笑う姐さん。だけれど、いつもの笑顔が曇っているのがわかる。その原因は想像がつく。
『姐さん、私に何か用があるんでしょ?姐さんの頼みなら私、何でも聞くよ』
私がそう云えば姐さんはきょとんと一瞬目を丸くした後、「ルナには敵わなんだ」と、また笑った。
「ルナに少し手伝って貰いたい事があるのじゃ。あの子を連れ戻す為にの」