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彼が人事を尽くしたら


口は災いの元。

今日この時ほど、この格言が身に沁みた事はなかった。

ーby奇跡の天才シューター


「た、助けて下さいっ!」

着替え中だった部員達は、大声で喚きながら部室に駆け込んで来る男を、何事かと振り返る。

そもそも、この男がこんなにも大声で叫んだ所を、未だかつて見た者はいない。

誰もが驚いて棒立ちになる中、ただ一人宮地清志だけは、いつも通りの罵声を浴びせた。

「おいコラ、うるせー緑間っ!!轢くぞ!!」

普段の緑間なら、そこで憮然とした態度で口をつぐむ所だ。

が、しかし、今日の彼は違っていた。

「み、宮地先輩!!」

宮地の顔を見るなり緑間は、助けを求めるように体にすがりついてきた。

「なっ!?」

「俺を匿って下さい!」

背後に回り込み、宮地の背中に顔を埋める緑間。

思いもよらぬ展開に、宮地の頭は混乱する。

「お、おい。マジでどうした!緑間?緑間!?」

宮地の体に巻きついている白い腕。

その腕は、よく見れば小刻みに震えている。

いつも不遜な態度の後輩の身に、一体何が起こったというのか。

宮地の問いに、緑間が口を開こうとしたその時。

再び部室のドアが開いた。

「ひぃ!」

小さく悲鳴を上げる緑間。

その目線の先に現れたのはー。

彼の相棒、高尾和成だった。


「……で。つまりはこういう事か」

震える緑間を背中に貼りつけたまま、宮地清志は話を纏めた。

「はい、そういう事っす」

全く悪びれない笑顔のまま、一年レギュラー高尾和成は、爽やかに答える。

高尾の話はこうだ。

「真ちゃ~ん!真ちゃん真ちゃん、今日もかわいい~愛してる♪」

彼は、いつものように溢れ出る緑間愛を、隠しもせず撒き散らしていた。

「は~…美人。睫毛なっが~。良い匂い…天使…」

とめどなく流れ出る、愛の言葉は留まる事を知らず。

最早それは日常の一部となり、クラスメート達はおろか、受け取る緑間本人にさえ気に留める事もない、ありふれた光景となっていた。

「ねーねー、真ちゃん。卒業したら、俺と結婚してくれる?」

「出来るか、バカ尾め」

「えー?じゃー、まずどうしたら付き合ってくれる?」

「……うるさい」

「本読んでる時の真ちゃん、物憂げで最高。ちゅーしていい?」

「高尾」

「んー?」

休み時間中ずっとまとわりついてくる高尾。

そんな高尾に若干イラついた緑間は、遂に眉間に深い皺を刻みながら、ある禁断の言葉を放った。

「高尾。お前はいつも口を開けば軽口ばかり。お前の言葉には、誠意が全く感じられないのだよ。もしも口説くのであれば、人事を尽くせ。もっと相手の目を見て本気で…」

ーー以下省略。

「そうきたか…」

自業自得とは言え、お気の毒様。

宮地は自らの肩越しに、小さくなっている緑間に同情の視線を送った。

「それでちょっと人事を尽くしたら、真ちゃんこの有り様っすよ。酷くないですか?」

高尾がどんな風に人事を尽くしたのか…聞きたくはないが、緑間の様子で何となく察しはつく。

「なー、真ちゃん。愛してるぜ…?」

普段のちゃらけた彼とは違う、深みのある低音。

真っ直ぐに見つめる、熱い目線。

誰が見ても分かる、彼が絶対的に本気であると。

「~~っ!!///」

宮地の服を握る緑間の手に、力が籠る。

今の緑間は正に、蛇に睨まれた蛙状態だ。

「なー、真ちゃん。いい加減、こっち来てくれよ。俺寂しいんですけど?」

「や、や、止めるのだよ高尾!!」

高尾がそっと手を伸ばそうとすれば、緑間は宮地を盾に、子猫よろしく毛を逆立てる。

「フーッ…!!俺は…俺は騙されんぞ!今お前に触れられたら、俺は確実に妊娠するのだよ!」

「へ?」

思わぬ緑間の言葉に、高尾が目を丸くする。

「熱っぽい目線で髪に触れ、頬に触れ、その上優しく抱き締めるように耳許で囁く…特にその低音がクセモノなのだよ!!情事を思わせるように、掠れて甘く…俺が声フェチだと知っての狼藉か!?性的過ぎるのだよ!こっちへ来るな!!」

本来ならば一笑に附すような緑間の主張だが、何故か宮地は笑えなかった。

それは緑間が本気で言っていた事と、高尾と緑間ならば、本当にそんな奇跡が起こりそうだと思わせる何かがあるからだ。

緑間も高尾を憎からず思っているようで、その警戒姿勢はむしろ相手を煽っているようにしか見えない。

「真ちゃん…」

案の定と言うべきか、高尾は萌えと欲望を押し殺すような何とも言えない表情で、拳を握り締めている。

が、やがて意を決したように、高尾はキリリと顔を上げた。

「分かった、真ちゃん。俺、今から指輪買ってくるわ!!」

「アホかお前は、轢くぞ!!」

部活はどうした、部活は!

宮地は全力で突っ込んだが、最早風のような速さで遠ざかっている高尾の耳には届かない。

「高尾…」

そんな高尾の姿を、戸惑いながらも満更でもない表情で見つめる緑間。

何だ、結局ただのバカップルかよコイツら、と宮地は思う。

「…高尾と緑間。今日の練習メニュー、4倍な」

微かに頬を染める緑間にそう宣告する他、今の宮地には成す術が無かった。
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