13番
背中に衝撃があった。
次の瞬間には、もう床に倒れていた。痛みよりも先に、見慣れた白い天井が目に入った。ああ、またか、と思った。五回経験すると、驚くより先に納得が来る。
体を起こしながら部屋を見回すと、少し離れたところにロクサスがいた。すでに立ち上がって、部屋を警戒している。その横顔を見た瞬間、エマの胸がどくんと鳴った。
四回目だった。
「エマ、怪我は」
「ない。ロクサスは?」
「俺も」
短いやり取りだった。でも四回繰り返せば、これくらいの手際の良さにはなる。ロクサスがテーブルの方に歩いて行った。エマも後に続く。
今回は紙が二枚、重ねて置いてあった。
ロクサスが一枚目を手に取って読む。エマも隣から覗き込んだ。
『相手の目を見て、相手の好きなところを十個言え。十個言い合えたら出してやる。』
沈黙があった。
わりと長い沈黙があった。
「……今回は触らなくていいのか」
ロクサスがぽつりと言った。
「……うん、まあ、そうなるね」
エマが答えた。触らなくていい、というのは、前回前々回よりはましなはずだった。でもなぜか、エマの心臓はさっきより速くなっていた。
目を見て、好きなところを言う。
ロクサスの目を、まっすぐ見ながら。
(どう考えても無理じゃん……)
「二枚あるな」
ロクサスが二枚目を手に取った。
『ちなみに、目を逸らしたらやり直しだ。』
エマは天井を仰いだ。
---
ソファに向き合って座った。
どちらからともなくそうなった。床に座るよりはましだろう、という暗黙の了解だった。膝と膝が触れそうな距離で向き合うと、思ったより近くて、エマは少し後ろに引きたくなったけど我慢した。
「……目、見るぞ」
「う、うん」
ロクサスがまっすぐエマを見た。青い目が、エマの目を捉える。エマも正面から見返した。
沈黙。
「…………」
「…………」
「……先に言う方とか、決めるか」
「どっちでもいいんじゃないかな……思いついたら言う感じで」
「そっか」
またしばらく、黙っていた。ロクサスはじっとエマの目を見たまま、何かを考えているようだった。
(ロクサスって、目が綺麗だな)
エマは思った。青くて、澄んでいて、まっすぐで。ずっと見ていられそうだった。
ロクサスが口を開いた。
「……笑い方」
「え?」
「エマの笑い方、好きだ」
あまりにもまっすぐに言ったので、エマは一瞬反応が遅れた。
「……っ、な、なんで急に」
「思いついたから言うんだろ」
「そうだけど……!」
ロクサスはエマから目を逸らさなかった。エマも逸らしたかったけど、やり直しになるから逸らせなかった。
「笑うとき、ちょっと目が細くなる。それが、なんか、好きだと思う」
「……」
エマは黙った。顔が熱かった。ロクサスは特に照れた様子もなく、でも耳だけがほんのり赤くなっていた。
(ずるい)
「……声」
エマは絞り出すように言った。
「ロクサスの声、好き。なんか、落ち着く」
「……そっか」
ロクサスが少し目を細めた。
「……二個目」
「うん」
---
ぽつぽつと、言葉が続いた。
「エマって、よく転ぶのに立ち直りが早い。それ、なんかすごいと思う」
「え、転ぶのも含まれてるの」
「好きなところだろ」
「……まあ、ありがとう。えっと……ロクサスって、友達のこと話すとき、ちょっと顔が変わる。それが好き」
「顔が変わる?」
「なんか、やわらかくなる。アクセルさんとかシオンちゃんとかの話するとき」
ロクサスは少し黙った。
「……俺、そんな顔するか」
「するよ」
「……そっか」
また少し間があった。
「……ロクサスは人のこと、ちゃんと見てるよね。あたしが落ち込んでるとき、何も言わなくても気づいてくれるから。それ、好き」
「……」
「三個目」
ロクサスは何も言わなかった。でもわずかに目が揺れた。エマはそれを見逃さなかった。
「照れてる?」
「照れてない」
「絶対照れてる」
「……次、俺の番だろ」
エマは笑った。
「……エマって、知らないこと調べるとき目が輝く。それ、見てて飽きない」
「……っ」
「四個目」
「……ロクサスは、謝るのが下手なくせにちゃんと謝る。それが好き」
「謝るのが下手、は褒めてないだろ」
「褒めてるよ。ちゃんと謝れるのが好きって言ってるんだから」
ロクサスは少し眉を寄せたけど、何も言わなかった。
---
十個まで、あと少し。
最初はぎこちなかった会話が、いつの間にかそこまで苦しくなくなっていた。目を見て話すことにも、少しずつ慣れてきていた。
(ロクサスって、あたしのことちゃんと見てたんだな)
出てくる言葉が、全部、具体的だった。笑い方、立ち直りの早さ、目が輝く瞬間。どれも、エマ自身が意識していなかったことだった。それをロクサスが、ちゃんと見ていた。
「……エマは、俺が変なこと言っても笑い飛ばしてくれる。それ、助かってる」
「助かってるって、好きなところじゃないじゃん」
「助かるくらい好きってことだろ」
「……ロクサスってたまにそういうこと言うよね」
「そういうこと?」
「なんかこう……さらっとすごいこと言う」
「そうか?」
全然気づいていない顔だった。エマは笑いそうになるのを堪えた。
「……笑ったら目逸れるから、笑わないけど」
「何が面白かったんだ」
「あとで教える。……えっと、ロクサスって、あたしのこと心配するとき絶対そばに来るじゃん。言葉より先に。それが、すごく好き」
「……」
「九個目」
ロクサスは黙っていた。さっきよりも耳が赤かった。エマはじっとその顔を見ながら、最後の一個を考えた。
十個目。
一番言いにくい、一番大事なことを、言っていいんだろうか。
でも、目を見て言えというなら。
「……ロクサスのこと、好きだよ」
言った瞬間、エマ自身が一番驚いた。
「全部ひっくるめて。そういう意味じゃないかもしれないけど、でも……好きだって思ってるから、こんなに好きなところが出てくるんだと思う。それが十個目」
ロクサスは黙っていた。
エマは目を逸らしたかった。でも逸らせなかった。だからロクサスの顔を、まっすぐ見ていた。
ロクサスの目が、ゆっくりと揺れた。
「……俺も」
「え?」
「俺も、エマのこと……なんか、ずっと気になってる。これが好きってことかどうかわかんないけど」
不器用な言葉だった。全然きれいじゃなかった。でも、エマの目がじわっと潤んだ。
「……十個目」
ロクサスがぽつりと言った。
どこかで、かちりと音がした。壁際の扉が、静かに開く。
二人はしばらく、そのまま動かなかった。
目が、合ったままだった。
エマは笑った。泣きそうになりながら、笑った。
「……出られるね」
「そうだな」
ロクサスが立ち上がって、手を差し出した。
エマはその手を取った。
---
次の瞬間には、もう床に倒れていた。痛みよりも先に、見慣れた白い天井が目に入った。ああ、またか、と思った。五回経験すると、驚くより先に納得が来る。
体を起こしながら部屋を見回すと、少し離れたところにロクサスがいた。すでに立ち上がって、部屋を警戒している。その横顔を見た瞬間、エマの胸がどくんと鳴った。
四回目だった。
「エマ、怪我は」
「ない。ロクサスは?」
「俺も」
短いやり取りだった。でも四回繰り返せば、これくらいの手際の良さにはなる。ロクサスがテーブルの方に歩いて行った。エマも後に続く。
今回は紙が二枚、重ねて置いてあった。
ロクサスが一枚目を手に取って読む。エマも隣から覗き込んだ。
『相手の目を見て、相手の好きなところを十個言え。十個言い合えたら出してやる。』
沈黙があった。
わりと長い沈黙があった。
「……今回は触らなくていいのか」
ロクサスがぽつりと言った。
「……うん、まあ、そうなるね」
エマが答えた。触らなくていい、というのは、前回前々回よりはましなはずだった。でもなぜか、エマの心臓はさっきより速くなっていた。
目を見て、好きなところを言う。
ロクサスの目を、まっすぐ見ながら。
(どう考えても無理じゃん……)
「二枚あるな」
ロクサスが二枚目を手に取った。
『ちなみに、目を逸らしたらやり直しだ。』
エマは天井を仰いだ。
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ソファに向き合って座った。
どちらからともなくそうなった。床に座るよりはましだろう、という暗黙の了解だった。膝と膝が触れそうな距離で向き合うと、思ったより近くて、エマは少し後ろに引きたくなったけど我慢した。
「……目、見るぞ」
「う、うん」
ロクサスがまっすぐエマを見た。青い目が、エマの目を捉える。エマも正面から見返した。
沈黙。
「…………」
「…………」
「……先に言う方とか、決めるか」
「どっちでもいいんじゃないかな……思いついたら言う感じで」
「そっか」
またしばらく、黙っていた。ロクサスはじっとエマの目を見たまま、何かを考えているようだった。
(ロクサスって、目が綺麗だな)
エマは思った。青くて、澄んでいて、まっすぐで。ずっと見ていられそうだった。
ロクサスが口を開いた。
「……笑い方」
「え?」
「エマの笑い方、好きだ」
あまりにもまっすぐに言ったので、エマは一瞬反応が遅れた。
「……っ、な、なんで急に」
「思いついたから言うんだろ」
「そうだけど……!」
ロクサスはエマから目を逸らさなかった。エマも逸らしたかったけど、やり直しになるから逸らせなかった。
「笑うとき、ちょっと目が細くなる。それが、なんか、好きだと思う」
「……」
エマは黙った。顔が熱かった。ロクサスは特に照れた様子もなく、でも耳だけがほんのり赤くなっていた。
(ずるい)
「……声」
エマは絞り出すように言った。
「ロクサスの声、好き。なんか、落ち着く」
「……そっか」
ロクサスが少し目を細めた。
「……二個目」
「うん」
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ぽつぽつと、言葉が続いた。
「エマって、よく転ぶのに立ち直りが早い。それ、なんかすごいと思う」
「え、転ぶのも含まれてるの」
「好きなところだろ」
「……まあ、ありがとう。えっと……ロクサスって、友達のこと話すとき、ちょっと顔が変わる。それが好き」
「顔が変わる?」
「なんか、やわらかくなる。アクセルさんとかシオンちゃんとかの話するとき」
ロクサスは少し黙った。
「……俺、そんな顔するか」
「するよ」
「……そっか」
また少し間があった。
「……ロクサスは人のこと、ちゃんと見てるよね。あたしが落ち込んでるとき、何も言わなくても気づいてくれるから。それ、好き」
「……」
「三個目」
ロクサスは何も言わなかった。でもわずかに目が揺れた。エマはそれを見逃さなかった。
「照れてる?」
「照れてない」
「絶対照れてる」
「……次、俺の番だろ」
エマは笑った。
「……エマって、知らないこと調べるとき目が輝く。それ、見てて飽きない」
「……っ」
「四個目」
「……ロクサスは、謝るのが下手なくせにちゃんと謝る。それが好き」
「謝るのが下手、は褒めてないだろ」
「褒めてるよ。ちゃんと謝れるのが好きって言ってるんだから」
ロクサスは少し眉を寄せたけど、何も言わなかった。
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十個まで、あと少し。
最初はぎこちなかった会話が、いつの間にかそこまで苦しくなくなっていた。目を見て話すことにも、少しずつ慣れてきていた。
(ロクサスって、あたしのことちゃんと見てたんだな)
出てくる言葉が、全部、具体的だった。笑い方、立ち直りの早さ、目が輝く瞬間。どれも、エマ自身が意識していなかったことだった。それをロクサスが、ちゃんと見ていた。
「……エマは、俺が変なこと言っても笑い飛ばしてくれる。それ、助かってる」
「助かってるって、好きなところじゃないじゃん」
「助かるくらい好きってことだろ」
「……ロクサスってたまにそういうこと言うよね」
「そういうこと?」
「なんかこう……さらっとすごいこと言う」
「そうか?」
全然気づいていない顔だった。エマは笑いそうになるのを堪えた。
「……笑ったら目逸れるから、笑わないけど」
「何が面白かったんだ」
「あとで教える。……えっと、ロクサスって、あたしのこと心配するとき絶対そばに来るじゃん。言葉より先に。それが、すごく好き」
「……」
「九個目」
ロクサスは黙っていた。さっきよりも耳が赤かった。エマはじっとその顔を見ながら、最後の一個を考えた。
十個目。
一番言いにくい、一番大事なことを、言っていいんだろうか。
でも、目を見て言えというなら。
「……ロクサスのこと、好きだよ」
言った瞬間、エマ自身が一番驚いた。
「全部ひっくるめて。そういう意味じゃないかもしれないけど、でも……好きだって思ってるから、こんなに好きなところが出てくるんだと思う。それが十個目」
ロクサスは黙っていた。
エマは目を逸らしたかった。でも逸らせなかった。だからロクサスの顔を、まっすぐ見ていた。
ロクサスの目が、ゆっくりと揺れた。
「……俺も」
「え?」
「俺も、エマのこと……なんか、ずっと気になってる。これが好きってことかどうかわかんないけど」
不器用な言葉だった。全然きれいじゃなかった。でも、エマの目がじわっと潤んだ。
「……十個目」
ロクサスがぽつりと言った。
どこかで、かちりと音がした。壁際の扉が、静かに開く。
二人はしばらく、そのまま動かなかった。
目が、合ったままだった。
エマは笑った。泣きそうになりながら、笑った。
「……出られるね」
「そうだな」
ロクサスが立ち上がって、手を差し出した。
エマはその手を取った。
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