このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

13番

背中に衝撃があった。

 次の瞬間には、もう床に倒れていた。痛みよりも先に、見慣れた白い天井が目に入った。ああ、またか、と思った。五回経験すると、驚くより先に納得が来る。

 体を起こしながら部屋を見回すと、少し離れたところにロクサスがいた。すでに立ち上がって、部屋を警戒している。その横顔を見た瞬間、エマの胸がどくんと鳴った。

 四回目だった。

「エマ、怪我は」

「ない。ロクサスは?」

「俺も」

 短いやり取りだった。でも四回繰り返せば、これくらいの手際の良さにはなる。ロクサスがテーブルの方に歩いて行った。エマも後に続く。

 今回は紙が二枚、重ねて置いてあった。

 ロクサスが一枚目を手に取って読む。エマも隣から覗き込んだ。

『相手の目を見て、相手の好きなところを十個言え。十個言い合えたら出してやる。』

 沈黙があった。

 わりと長い沈黙があった。

「……今回は触らなくていいのか」

 ロクサスがぽつりと言った。

「……うん、まあ、そうなるね」

 エマが答えた。触らなくていい、というのは、前回前々回よりはましなはずだった。でもなぜか、エマの心臓はさっきより速くなっていた。

 目を見て、好きなところを言う。

 ロクサスの目を、まっすぐ見ながら。

 (どう考えても無理じゃん……)

「二枚あるな」

 ロクサスが二枚目を手に取った。

『ちなみに、目を逸らしたらやり直しだ。』

 エマは天井を仰いだ。

---

 ソファに向き合って座った。

 どちらからともなくそうなった。床に座るよりはましだろう、という暗黙の了解だった。膝と膝が触れそうな距離で向き合うと、思ったより近くて、エマは少し後ろに引きたくなったけど我慢した。

「……目、見るぞ」

「う、うん」

 ロクサスがまっすぐエマを見た。青い目が、エマの目を捉える。エマも正面から見返した。

 沈黙。

「…………」

「…………」

「……先に言う方とか、決めるか」

「どっちでもいいんじゃないかな……思いついたら言う感じで」

「そっか」

 またしばらく、黙っていた。ロクサスはじっとエマの目を見たまま、何かを考えているようだった。

 (ロクサスって、目が綺麗だな)

 エマは思った。青くて、澄んでいて、まっすぐで。ずっと見ていられそうだった。

 ロクサスが口を開いた。

「……笑い方」

「え?」

「エマの笑い方、好きだ」

 あまりにもまっすぐに言ったので、エマは一瞬反応が遅れた。

「……っ、な、なんで急に」

「思いついたから言うんだろ」

「そうだけど……!」

 ロクサスはエマから目を逸らさなかった。エマも逸らしたかったけど、やり直しになるから逸らせなかった。

「笑うとき、ちょっと目が細くなる。それが、なんか、好きだと思う」

「……」

 エマは黙った。顔が熱かった。ロクサスは特に照れた様子もなく、でも耳だけがほんのり赤くなっていた。

 (ずるい)

「……声」

 エマは絞り出すように言った。

「ロクサスの声、好き。なんか、落ち着く」

「……そっか」

 ロクサスが少し目を細めた。

「……二個目」

「うん」

---

 ぽつぽつと、言葉が続いた。

「エマって、よく転ぶのに立ち直りが早い。それ、なんかすごいと思う」

「え、転ぶのも含まれてるの」

「好きなところだろ」

「……まあ、ありがとう。えっと……ロクサスって、友達のこと話すとき、ちょっと顔が変わる。それが好き」

「顔が変わる?」

「なんか、やわらかくなる。アクセルさんとかシオンちゃんとかの話するとき」

 ロクサスは少し黙った。

「……俺、そんな顔するか」

「するよ」

「……そっか」

 また少し間があった。

「……ロクサスは人のこと、ちゃんと見てるよね。あたしが落ち込んでるとき、何も言わなくても気づいてくれるから。それ、好き」

「……」

「三個目」

 ロクサスは何も言わなかった。でもわずかに目が揺れた。エマはそれを見逃さなかった。

「照れてる?」

「照れてない」

「絶対照れてる」

「……次、俺の番だろ」

 エマは笑った。

「……エマって、知らないこと調べるとき目が輝く。それ、見てて飽きない」

「……っ」

「四個目」

「……ロクサスは、謝るのが下手なくせにちゃんと謝る。それが好き」

「謝るのが下手、は褒めてないだろ」

「褒めてるよ。ちゃんと謝れるのが好きって言ってるんだから」

 ロクサスは少し眉を寄せたけど、何も言わなかった。

---

 十個まで、あと少し。

 最初はぎこちなかった会話が、いつの間にかそこまで苦しくなくなっていた。目を見て話すことにも、少しずつ慣れてきていた。

 (ロクサスって、あたしのことちゃんと見てたんだな)

 出てくる言葉が、全部、具体的だった。笑い方、立ち直りの早さ、目が輝く瞬間。どれも、エマ自身が意識していなかったことだった。それをロクサスが、ちゃんと見ていた。

「……エマは、俺が変なこと言っても笑い飛ばしてくれる。それ、助かってる」

「助かってるって、好きなところじゃないじゃん」

「助かるくらい好きってことだろ」

「……ロクサスってたまにそういうこと言うよね」

「そういうこと?」

「なんかこう……さらっとすごいこと言う」

「そうか?」

 全然気づいていない顔だった。エマは笑いそうになるのを堪えた。

「……笑ったら目逸れるから、笑わないけど」

「何が面白かったんだ」

「あとで教える。……えっと、ロクサスって、あたしのこと心配するとき絶対そばに来るじゃん。言葉より先に。それが、すごく好き」

「……」

「九個目」

 ロクサスは黙っていた。さっきよりも耳が赤かった。エマはじっとその顔を見ながら、最後の一個を考えた。

 十個目。

 一番言いにくい、一番大事なことを、言っていいんだろうか。

 でも、目を見て言えというなら。

「……ロクサスのこと、好きだよ」

 言った瞬間、エマ自身が一番驚いた。

「全部ひっくるめて。そういう意味じゃないかもしれないけど、でも……好きだって思ってるから、こんなに好きなところが出てくるんだと思う。それが十個目」

 ロクサスは黙っていた。

 エマは目を逸らしたかった。でも逸らせなかった。だからロクサスの顔を、まっすぐ見ていた。

 ロクサスの目が、ゆっくりと揺れた。

「……俺も」

「え?」

「俺も、エマのこと……なんか、ずっと気になってる。これが好きってことかどうかわかんないけど」

 不器用な言葉だった。全然きれいじゃなかった。でも、エマの目がじわっと潤んだ。

「……十個目」

 ロクサスがぽつりと言った。

 どこかで、かちりと音がした。壁際の扉が、静かに開く。

 二人はしばらく、そのまま動かなかった。

 目が、合ったままだった。

 エマは笑った。泣きそうになりながら、笑った。

「……出られるね」

「そうだな」

 ロクサスが立ち上がって、手を差し出した。

 エマはその手を取った。

---
5/6ページ
スキ