13番
背中に衝撃があった。
目を開けると、白い天井だった。三回目になると、倒れた衝撃より先に「またか」という感覚が来る。体を起こしながら部屋を見回すと、ロクサスがすでに立ち上がっていた。
でも、何かが違った。
ロクサスの目が、いつもより鋭かった。
エマが気づくより先に、ロクサスが気づいていた。
扉が、開いていた。
「……ロクサス」
「見えてる」
短く答えて、ロクサスはテーブルに歩み寄った。今回も紙が一枚、置いてあった。手に取って読む。その眉が、かすかに寄った。
「何て書いてあった?」
「……二人で手を繋いで脱出しろ、だと」
エマは扉を見た。開いた扉の向こうは、薄暗い廊下が続いていた。
『道中、何が起こるかはわからないぞ。』
ロクサスが二枚目を読み上げた。声は平静だったけど、エマにはわかった。ロクサスがいつもより気を張っているのが。
「……ハートレスが出るかもしれない」
「出るの?」
「わからない。でも、万が一のことがある」
ロクサスはエマをまっすぐ見た。
「出会ったら迷わず俺の後ろに回れ。絶対に前に出るな」
「……うん、わかった」
「絶対だぞ」
「わかったって」
ロクサスはもう一度だけエマの目を見てから、キーブレードを手の中に呼び出した。今回は出た。その柄を握り直して、扉に向き直る。
エマはロクサスの左手を見た。それから、自分の右手を見た。
「……手、繋ごう」
「ああ」
ロクサスが左手を差し出した。エマはその手をしっかりと握った。大きくて、あたたかい手だった。
「ロクサス」
「なに」
「頼りにしてるから」
ロクサスは少し黙った。それからぼそっと言った。
「……任せとけ」
二人で、扉の向こうへ踏み出した。
---
廊下は薄暗かった。
光源がどこにあるのかわからない、白い部屋と同じ種類の薄明かりが、廊下全体にぼんやりと満ちていた。足音だけが響く。ロクサスは常にエマより半歩前を歩いていた。繋いだ手を、ずっと離さなかった。
エマも離さなかった。
(ロクサスの手、あったかい)
怖くて、緊張していて、でもロクサスの手の温度だけが、地に足をつけてくれている感じがした。
「ロクサス、この廊下どこに続いてるんだろう」
「わからない。でも扉があれば出口になるはずだ」
「そっか」
しばらく歩くと、廊下が曲がっていた。曲がった先を覗き込もうとしたとき、ロクサスがエマの手を引いて止めた。
「待て」
「え——」
その瞬間、廊下の奥から黒い影が滲み出てきた。
ハートレスだった。
小さな体に、黄色く光る目。くねくねとした動きで、こちらに近づいてくる。エマの息が止まった。
「下がれ」
ロクサスの声が低くなった。繋いだ手をそのまま引いて、エマを自分の後ろに回す。エマは言われた通りに後ろに下がった。
ロクサスがキーブレードを構えた。
一体、二体。光の一閃で、影が消えた。あっという間だった。
「……終わった。行くぞ」
「う、うん」
また歩き出した。エマの心臓がまだ速かった。手が、少し震えていた。ロクサスが繋いだ手に、かすかに力を込めた。何も言わなかったけど、それだけで少し落ち着いた。
---
廊下の途中に、上に続く階段があった。
登り切ったところで、また廊下が続いていた。さっきより少し明るい。どこか遠くに、薄らと光が見えた。
「あの光、出口かな」
「かもしれない。急ぐぞ」
二人で光に向かって歩き出した。でも半分も進まないうちに、廊下の壁からぬるりと影が滲み出てきた。さっきより数が多かった。ロクサスがすぐにエマの手を引いた。
「後ろ——」
言い終わる前だった。
エマの左側の壁から、一体のハートレスが飛びかかってきた。ロクサスが引いている方とは逆側から。
「——っ!」
爪のような腕がエマの肩をかすめた。バランスを崩して、エマがよろけた。
「エマ!」
ロクサスが振り返った瞬間には、もう動いていた。繋いだ手を引いてエマを引き寄せながら、同時にキーブレードを振る。飛びかかってきたハートレスが、光の粒になって散った。残りも、立て続けに。
エマはロクサスの胸に引き寄せられた形で、しばらく動けなかった。
「怪我は」
「……な、い、肩ちょっとかすっただけ」
「見せろ」
「大丈夫だって」
「見せろって言ってる」
有無を言わさない声だった。エマは素直に肩を向けた。ロクサスが確認して、大きく息をついた。
「……コートが少し切れてるだけだ。皮膚は無事」
「ほら、大丈夫」
「大丈夫じゃない」
「え?」
「俺の見てない方から来た。俺のミスだ」
ロクサスの声が、少し低かった。エマはその横顔を見上げた。
「ロクサスのせいじゃないよ」
「……行くぞ」
それだけ言って、ロクサスは歩き出した。繋いだ手の力が、さっきより少し強かった。エマはその手を握り返しながら、黙ってついて行った。
---
光の方へ歩き続けると、やがて扉が見えてきた。
普通の、木製の扉だった。白い部屋の扉とは全然違う。ロクサスがキーブレードをしまって、扉に手をかけた。
「開く」
「ほんとに?」
「ああ」
扉を押すと、外の光が溢れてきた。トワイライトタウンの、夕焼け色の空だった。石畳の広場。見慣れた景色。
エマは一歩踏み出した。
そこで、足の力が抜けた。
「——っわ」
膝から崩れ落ちそうになった瞬間、ロクサスの腕が回ってきた。
気がついたら、地面から浮いていた。
「え、あ、ちょ——!」
「腰抜けたか」
「抜けた……抜けたけど、歩けるから!」
「歩けてないだろ、今」
「……歩けない」
抱えられたまま、エマは観念した。ロクサスの腕が背中と膝の裏に回っている。エマは揺られながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……怖かったあ」
声に出したら、余計にじわっときた。目の奥が、熱い。
「そうだな」
「ロクサスは怖くなかったの」
「……怖かった」
エマは顔を上げた。ロクサスはまっすぐ前を向いていた。
「エマが飛びかかられたとき。あのときは、怖かった」
「……ロクサス」
「次はもっとちゃんと守る」
不器用な言葉だった。でもエマの目から、一粒だけ涙が落ちた。
「……泣くな」
「泣いてない」
「泣いてる」
「……怖かったんだもん」
「もう大丈夫だ」
ロクサスの腕が、少しだけ力を込めた。エマはロクサスの胸元に顔を埋めた。
夕焼けの空が、頭の上に広がっていた。
背中に衝撃があった。
目を開けると、白い天井だった。五回目になると、倒れた衝撃より先に「またか」という感覚が来る。体を起こしながら部屋を見回すと、ロクサスがすでに立ち上がっていた。
でも、何かが違った。
ロクサスの目が、いつもより鋭かった。
エマが気づくより先に、ロクサスが気づいていた。
扉が、開いていた。
「……ロクサス」
「見えてる」
短く答えて、ロクサスはテーブルに歩み寄った。今回も紙が一枚、置いてあった。手に取って読む。その眉が、かすかに寄った。
「何て書いてあった?」
「……二人で手を繋いで脱出しろ、だと」
エマは扉を見た。開いた扉の向こうは、薄暗い廊下が続いていた。
『道中、何が起こるかはわからないぞ。』
ロクサスが二枚目を読み上げた。声は平静だったけど、エマにはわかった。ロクサスがいつもより気を張っているのが。
「……ハートレスが出るかもしれない」
「出るの?」
「わからない。でも、万が一のことがある」
ロクサスはエマをまっすぐ見た。
「出会ったら迷わず俺の後ろに回れ。絶対に前に出るな」
「……うん、わかった」
「絶対だぞ」
「わかったって」
ロクサスはもう一度だけエマの目を見てから、キーブレードを手の中に呼び出した。今回は出た。その柄を握り直して、扉に向き直る。
エマはロクサスの左手を見た。それから、自分の右手を見た。
「……手、繋ごう」
「ああ」
ロクサスが左手を差し出した。エマはその手をしっかりと握った。大きくて、あたたかい手だった。
「ロクサス」
「なに」
「頼りにしてるから」
ロクサスは少し黙った。それからぼそっと言った。
「……任せとけ」
二人で、扉の向こうへ踏み出した。
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廊下は薄暗かった。
光源がどこにあるのかわからない、白い部屋と同じ種類の薄明かりが、廊下全体にぼんやりと満ちていた。足音だけが響く。ロクサスは常にエマより半歩前を歩いていた。繋いだ手を、ずっと離さなかった。
エマも離さなかった。
(ロクサスの手、あったかい)
怖くて、緊張していて、でもロクサスの手の温度だけが、地に足をつけてくれている感じがした。
「ロクサス、この廊下どこに続いてるんだろう」
「わからない。でも扉があれば出口になるはずだ」
「そっか」
しばらく歩くと、廊下が曲がっていた。曲がった先を覗き込もうとしたとき、ロクサスがエマの手を引いて止めた。
「待て」
「え——」
その瞬間、廊下の奥から黒い影が滲み出てきた。
ハートレスだった。
小さな体に、黄色く光る目。くねくねとした動きで、こちらに近づいてくる。エマの息が止まった。
「下がれ」
ロクサスの声が低くなった。繋いだ手をそのまま引いて、エマを自分の後ろに回す。エマは言われた通りに後ろに下がった。
ロクサスがキーブレードを構えた。
一体、二体。光の一閃で、影が消えた。あっという間だった。
「……終わった。行くぞ」
「う、うん」
また歩き出した。エマの心臓がまだ速かった。手が、少し震えていた。ロクサスが繋いだ手に、かすかに力を込めた。何も言わなかったけど、それだけで少し落ち着いた。
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廊下の途中に、上に続く階段があった。
登り切ったところで、また廊下が続いていた。さっきより少し明るい。どこか遠くに、薄らと光が見えた。
「あの光、出口かな」
「かもしれない。急ぐぞ」
二人で光に向かって歩き出した。でも半分も進まないうちに、廊下の壁からぬるりと影が滲み出てきた。さっきより数が多かった。ロクサスがすぐにエマの手を引いた。
「後ろ——」
言い終わる前だった。
エマの左側の壁から、一体のハートレスが飛びかかってきた。ロクサスが引いている方とは逆側から。
「——っ!」
爪のような腕がエマの肩をかすめた。バランスを崩して、エマがよろけた。
「エマ!」
ロクサスが振り返った瞬間には、もう動いていた。繋いだ手を引いてエマを引き寄せながら、同時にキーブレードを振る。飛びかかってきたハートレスが、光の粒になって散った。残りも、立て続けに。
エマはロクサスの胸に引き寄せられた形で、しばらく動けなかった。
「怪我は」
「……な、い、肩ちょっとかすっただけ」
「見せろ」
「大丈夫だって」
「見せろって言ってる」
有無を言わさない声だった。エマは素直に肩を向けた。ロクサスが確認して、大きく息をついた。
「……コートが少し切れてるだけだ。皮膚は無事」
「ほら、大丈夫」
「大丈夫じゃない」
「え?」
「俺の見てない方から来た。俺のミスだ」
ロクサスの声が、少し低かった。エマはその横顔を見上げた。
「ロクサスのせいじゃないよ」
「……行くぞ」
それだけ言って、ロクサスは歩き出した。繋いだ手の力が、さっきより少し強かった。エマはその手を握り返しながら、黙ってついて行った。
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光の方へ歩き続けると、やがて扉が見えてきた。
普通の、木製の扉だった。白い部屋の扉とは全然違う。ロクサスがキーブレードをしまって、扉に手をかけた。
「開く」
「ほんとに?」
「ああ」
扉を押すと、外の光が溢れてきた。トワイライトタウンの、夕焼け色の空だった。石畳の広場。見慣れた景色。
エマは一歩踏み出した。
そこで、足の力が抜けた。
「——っわ」
膝から崩れ落ちそうになった瞬間、ロクサスの腕が回ってきた。
気がついたら、地面から浮いていた。
「え、あ、ちょ——!」
「腰抜けたか」
「抜けた……抜けたけど、歩けるから!」
「歩けてないだろ、今」
「……歩けない」
抱えられたまま、エマは観念した。ロクサスの腕が背中と膝の裏に回っている。エマは揺られながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……怖かったあ」
声に出したら、余計にじわっときた。目の奥が、熱い。
「そうだな」
「ロクサスは怖くなかったの」
「……怖かった」
エマは顔を上げた。ロクサスはまっすぐ前を向いていた。
「エマが飛びかかられたとき。あのときは、怖かった」
「……ロクサス」
「次はもっとちゃんと守る」
不器用な言葉だった。でもエマの目から、一粒だけ涙が落ちた。
「……泣くな」
「泣いてない」
「泣いてる」
「……怖かったんだもん」
「もう大丈夫だ」
ロクサスの腕が、少しだけ力を込めた。エマはロクサスの胸元に顔を埋めた。
夕焼けの空が、頭の上に広がっていた。
石畳の広場を、ロクサスはそのままゆっくりと歩いていった。エマを抱えたまま、どこに下ろすとも言わずに。
エマも、降りるとは言わなかった。
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石畳の広場を、ロクサスはそのままゆっくりと歩いていった。エマを抱えたまま、どこに下ろすとも言わずに。
エマも、降りるとは言わなかった。
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