人形兵器の夢と目覚め
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ギルドの本拠地はヨコハマの港近くに停めている豪華客船である。その一室でフィッツジェラルドは自らの椅子の背もたれへと寄りかかった。
「それでは作戦を開始する」
眼前に並ぶ部下達へと宣言する。「御意」と頭を下げたのはそのうちの二人だった。
「ポートマフィアへの第一矢、私が務めさせていただきます」
きちりとした服装と髪が几帳面さを窺わせる男が首を垂れたまま唱えるように口にする。さらに何かを言おうとしたその静かな声に被さったのは、陽気さのある少女の明るい声だ。
「あらやだ、堅苦しいわね。折角の戦争だもの、楽しく敵を追い詰めましょう? ええ、問題なくってよ、ボス!」
赤毛のお下げを揺らしながら、モンゴメリは両手を胸の前で組んで跳ね、笑顔を浮かべた。
「あたしのアンにお任せくださいな! 何をしようかしら、かくれんぼ? 障害物競走? パンジージャンプも面白そうね! 命綱が切れない保証なんてないけれど。あら、そういえばこの遠征、アンがいるんだもの、すぐに終わってしまうわね。せっかくの外出なのにもったいないわ。こんな田舎の観光なんてつまらないし……そうね」
ふと、その目がぎろりと動く。窓際、フィッツジェラルドの後ろに佇む人影を見据え、そしてモンゴメリはにたりと笑った。釣り上げられた口元から矯正器具がギラリと光る。
「使えないお人形さんとアンとの鬼ごっこをみんなで鑑賞しましょうか! 一度捕まるたびに一捥ぎなんてどうかしら。とってもスリリングだわ! 楽しみね!」
それでは皆様ご機嫌よう、とスカートの裾を軽く持ち上げ、モンゴメリはくるりと背を向けて部屋を出て行く。明らかに浮かれているその様子を見、ミッチェルは大きくため息をついた。
「はしゃぐのは構わないけれど、尻拭いだけはしたくないものね。ああいう人に限ってとんでもないミスをするんですもの」
「とはいえ彼女は仮にもギルドの一員です、相手の頭数を減らす程度のことはしてくれることでしょう」
ミッチェルへと補足のように言い、ホーソーンは眼鏡を押し上げる。けれどミッチェルは不満げな顔のまま傍らのホーソーンを睨み付けた。
「それ、全然期待していないってことよね? アタシと言ってること同じじゃないの」
「ものは言いようですよ」
「死ねば良いのに。――まあでも」
ふと言葉を切り、ミッチェルは視線を動かす。ホーソーンからフィッツジェラルドへ、そしてその横に立ち尽くす銅像のように動きのない人影へと目を向け、ミッチェルは呆れるように腕を組んだ。
「使えないお人形という評価は同意するわね。ボス、彼女はどうするんです? わざわざ連れて来たのに出番なしだなんて、不要にもほどがあるのでは?」
「使えないのではない、使わないのだよ」
机の上で両手を組み、フィッツジェラルドは笑った。
「これは切り札なのだからな」
「切り札、ねえ。それって、アタシ達がいるのにそのお人形を使う可能性があるということ?」
「万が一だ。必ず使うという話ではない。そう殺気立つな、ミッチェル君」
とん、と指先で机を叩く。会話に入らず食事を共にせずただそこに立っているだけのこの少女は、今回遠征に来た構成員達にあまり良く思われていない。けれどそれを気にする様子もなく、彼女はフィッツジェラルドが始めに命じた通りに隣に佇み続けている。元より彼女には協調性はない。必要がないのだ。
「これはただの友好の証だ。用が済んだら返す借り物にすぎん。そう気を悪くするな」
揶揄うような言い方が癪に触ったのだろうか、ミッチェルは「ふん」と短く鼻を鳴らして部屋を出て行ってしまった。ホーソーンがその後に続く。先程まで会議が行われていた室内はすぐさまいつも通りの静かな空間へと変わった。普段は一人きりだが今は二人だ。とはいえ自分ではない方の一人はいるのかいないのかすらわからないほどの無機質さだが。
「さて」
椅子の上で半身を捻り、フィッツジェラルドは後方に佇んでいたそれへと顔を向けた。ようやく目が合う。蔑むでもなく怯えるでもない、目の前のものを認識しているだけの、感覚器官の一つとしての青い目がそこにある。
「数年振りの自由時間はどうかね、リトルレディ」
「探偵社内部へ潜入、異能開業許可証を捜索しましたが未発見に終わりました。社内の見取り図と社員人数は報告した通りです」
「ああ、そうだったな。君にとってはこれは休暇ではなく任務の一つ、人形に休みは必要ないということか」
「申し訳ございません」
「許可証を見つけられなかったことか? まあ良い、奪い取れずとも俺の権力があればあの程度の会社などどうにでもできる。金は力だ、金さえあれば人も組織も面白いほどに動かせる。――ご苦労だった。暫く好きなように行動すると良い。君にとっては珍しい出張任務だろうからな」
彼女を必要とするのはまだ先のことだ。もしかしたら使うことすらないかもしれない。それでも構わない、彼女がここにいる理由は戦力という意味だけではないのだから。
椅子から立ち上がる。すれ違いざま、フィッツジェラルドは人形然とした少女の頭へ軽く手を乗せた。撫でるではないそれは労いに似た支配欲だ。言うことを聞いた犬にするのと同じ、従順な部下の肩を叩くのと同じ、ただそれだけのものだった。
だからフィッツジェラルドは気付かなかった。
自分が部屋を出て扉が閉まった後、彼女が自分の頭へと片手を乗せて黙り込んでいたことに。