人形兵器の夢と目覚め
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***
クリスという少女を国木田から預かった後、与謝野は彼女を連れて社内を歩くことにした。イエスとノー以外の回答に難のある彼女の様子から、社内を見て回りたいのではないかと思い至ったのだ。
与謝野によって社内を連れ回されたクリスは終始大人しかった。先程国木田にしたように好き勝手に動き回ろうとする様子が全くない。与謝野の見解は正しかったようで、彼女は武装探偵社という会社に興味があるようだった。
「最後はここさ」
言い、与謝野は扉を押し開けた。カラン、とベルが鳴る。室内に満ちていた珈琲の匂いが鼻先に漂ってくる。
「喫茶うずまき。妾達御用達の店だよ」
「喫茶」
「ちょうど良いから一杯飲んでいこうか。――おや」
店内の席を見回し、与謝野は奥の席に座っている人影に気付いた。見慣れた蓬髪の青年がテーブル席の片隅で窓の外を見つめている。
「太宰じゃないか」
名を呼べば、彼はようやくこちらへと顔を向けて目を丸くした。珍しいことだ、太宰という男は常に、誰よりも早く全てに気付くというのに。
「与謝野先生」
「ぼうっとするなんて珍しいじゃないか。考え事かい?」
「ええ、少しだけ。――そちらは?」
太宰の目が与謝野からその隣へと移動する。ああ、と与謝野はそちらへと片手を差し出した。
「国木田が連れてきてね。名前はクリス。どうやら探偵社に興味があったみたいで、一通り案内してきたところさ」
「少女誘拐だなんて国木田君もやるなあ」
本人がいようといまいとそう言うのであろう朗らかさで言い、太宰は席から立ち上がってこちらへと歩み寄ってきた。少女の前へと片膝をつき、そして手を差し伸べる。
「はじめまして、お嬢さん」
流れるような動作でクリスの手を掬い上げて太宰はにこやかに微笑んだ。
「私は太宰。ああ、美しい髪と目の少女とは素晴らしい運命の出会い、そして今日は快晴、すなわち絶好の自殺日和だ。――クリスちゃん、だったね。どう? 今から私と心中でも」
流れるような誘いだった。
「しんじゅう……?」
「男女が一緒に自殺することさ。二人の間に愛があるのが前提。とはいえ安心したまえ、心中とはすなわち愛の逃避行、つまり心中を行った男女には愛が存在するということなのだよ。なので心中さえすれば君と私は相思相愛。素晴らしきかな心中! これぞ愛!」
どこかにテキストを準備してあるのかと思わせるほどに流暢に言いつつ、太宰は両手でクリスの手を包み優しく握り込む。対してクリスはというと、突然の太宰の求愛めいた自殺の誘いに戸惑うでもなく嫌がるでもなく、やはり無表情で立ち尽くしていた。その青い目は景色を眺めるのと同じ色味で太宰の手を見つめている。
「愛……」
「真に受けるんじゃないよ」
一応釘を刺す。が、それを聞き入れた様子はなく、ただ口を閉ざしたまま立ち尽くしている。やがて相手の反応のなさにようやく気付いた太宰が「おや?」と首を傾げた。
「……わたしは」
クリスが呟くように言う。その声は長いこと喋っていなかったかのように掠れていた。
「わたしは、死ねません」
社内で「あれは何か」と訊ねてきた時と同じ声音でクリスは言った。
「現在のわたしは管理下にあります。目標に対し行動を選択することはできますが、命令なしに目標を設定し行動することはできません。申し訳ございませんが、あなたの提案には賛同できません。ご了承ください」
――管理下。
それは、何のことだろうか。
与謝野は少女を見下ろした。その亜麻色の髪を見つめる。国木田によれば、クリスは外国からの留学生だという。ということは学校の指示に従わなければならないという意味での「管理下」発言なのかもしれない。語学留学に来ているのなら、少しばかり言葉選びがおかしくても不思議ではない。
「……そうか。じゃあ仕方がないね」
太宰もまた同じ答えに行き着いたのだろうか、にこりと笑ってクリスから両手を離す。するとクリスは、太宰から触れられていた自らの手を胸の前で掲げて見つめた。気になることでもあったのか、それとも太宰がこっそりと何かしていたのか。
「どうしたんだい?」
そっと訊ねる。けれどクリスは自分の手を見下ろしたまま、何も言わなかった。