願いが叶う教会
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***
夢を、見ていた気がする。けれどどんな夢だったのかはわからなかった。一通りを国木田が説明してくれたが、自分に起こったこととはどうにも思えない。
車にエンジンがかかり、静かな山間に轟音が響いていく。運転席から国木田が降りてくる足音を聞き取りながら、クリスは教会を見上げ続けていた。
「まだ、何かあるか」
「いえ。ないと思うんですけど……」
国木田が横に並ぶ。二人、来た時と同じように壊れかけた建物を、その屋根上に掲げられた十字架を見上げる。
「結局あの軍人は異能だったのか」
「そうだと思います。澁澤さんや、敦さんがお会いしたという”島の守護者”さんのような感じかと」
「異能が個として行動することがあるとはな……」
「それほど所持者の願いが強かったか……あるいは、彼が”幾度も同じ願いを願われた”末に通常以上の力と存在を得た異能だったからかもしれません」
「とにかくこれは心霊現象などではなかったな」
くい、と国木田が眼鏡を押し上げる。
「あの軍人も女性も、異能の一部だった。これは市警ではなく特務課案件になりそうだな」
「女性?」
「ああ」
眼鏡から手を離し、国木田はついと教会の入り口を指差した。
「あそこに立っていた。そこにいろと言ってあったのだが、俺が工具を取りに行っている間にいなくなっていたのだ。『あの方を助けてくれ』『囚われている』などと言っていたからな、今思えばかの花嫁だったのだろう。あの男の異能によって再現された、な。例の如く足跡がなかったのでもしやと思ったが、そんなことはなかったということだ」
なぜか国木田は得意げに胸を張った。そんなこと、が意味する内容には触れないことにする。けれど、とクリスは顎に手を当てた。
「……えっと、その、国木田さん」
「何だ」
「その、ものすごく言いづらいんですけど」
「……何だ」
「言って良いんですね。後悔しませんね。わたし責任取りませんよ」
「気になるような言い方をするな! 何だ!」
国木田が顔を引きつらせながらクリスを見下ろしてくる。それへと少しばかり気まずげな様子を見せながら、内心ちょっと楽しく思いながら、クリスはそれを告げた。
「その軍人さんの異能、花嫁さんの姿を覚えていなかったんですよね? だからかろうじて覚えている範囲で花嫁さんを探すために『亡き人に会いたい』という思いを抱いた女性をターゲットにして挙式を再現していた……だったら、その、彼は彼女の姿を再現しようがないのでは。覚えてないんですから」
「……つまり?」
「国木田さんが出会った女性が花嫁さんであることは間違いないと思います。なので……」
山が静かになった。鳥が鳴いている。遠くでエンジン音が喚き続けている。
「――うおおおあああああああ!」
国木田の叫び声は非常によく空へと響き渡った。
ひとしきり叫んだ後、国木田は燃え尽きたマッチ棒のように佇んでいた。頭頂から立ち昇る白い煙が目に見えるようだ。それを横目に、クリスは改めて教会を見つめる。
死によって発動する異能を知らず得ていた軍人。死した後もこの場所でずっと愛しい人を待ち続けていた花嫁。姿すら忘れた相手を、その強い気持ちだけで探し続けていた異能。すれ違い、近くにいながらも互いに会うことなく長い時を過ごしていた三つの思い。
彼らはようやく、休めるのだろうか。ここではないどこかで、手を取り合って。
もう一度、式を挙げているのだろうか。
亡き人が集う、天空の楽園で。
ぐ、と手を握り締める。俯く。
会いたい人がいた、言いたいことがあった。言って欲しいことがあった。それはずっと、叶うこともなく胸の中に燻っている。これが罰というものなのだろうか。叶わない願いを抱き続けたまま彷徨っていた、あの異能のような。
だとしたら、これはずっと、叶わないまま抱え続けなければいけないのだろうか。
それは、とても、とても。
苦しくて、悲しくて。
いっそ、あの人達と一緒に、自分もあの人がいる楽園に行けたのなら。そうしたら、自分は、やっと。
――硬く握り締めていた手を強引に掴まれた。
驚き、隣にいた人を見上げる。
「……国木田さん?」
「行くぞ」
無理矢理解かれたその手が引かれる。抗えず、転ぶようにその背を追う。
「あ、あの!」
「また突然消えられたら困るからな」
ぐ、と国木田の手に力がこもる。
「護衛任務は遂行する」
「……そんな話もありましたね」
「誰のせいだ誰の」
「何のことです?」
「この……」
「ふふッ」
ぎろりとこちらを見遣るその表情に笑う。すると、国木田は何かを思う素振りで顔を背けた。前を向く、その横顔を見つめる。
――少しだけ、大きなその手のひらを少しだけ、握り返す。
悪くないのかもしれない。この世界で生き続けることも、あの人を殺しながらも生き続けている咎がどれほど苦しいものだとしても。この先、その苦しみに嘆き叫び、自分というものが欠片も残らず消えてしまったとしても。
こうして、この人が少しだけ勘違いをさせてくれるのならば。
二人、手を繋ぐとは違う距離で車へと向かう。少しだけ振り返った教会はやはり朽ちていて、けれどどこか嬉しげに――再会を果たした亡き夫婦を祝福するように、眩しく光り輝いているように見えた。
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「願いが叶う教会」 完