願いが叶う教会
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ぴちゃ、と水音が足の裏から薄暗い空間へと昇っていく。ガラスは割れ、時折雨漏りもしているようで、廊下にも雑草が生えていたり淀んだ水たまりが残っていたりしていた。地下へ降りる階段はなく、足を踏み外すようなことは今のところはない。たまに湿気た苔を踏んで滑りそうになる程度だ。
「被害者がいたという講堂はこの建物の横にあった尖塔でしたよね」
「ああ。皆、そこの祭壇の前に倒れていたという。救難連絡もそこから発されていた。講堂内は市警が一通り見ているからな、俺達はまずこちらを調査する。……それにしても」
国木田が用心深く腰をかがめながら周囲を見回す。
「……思ったより広い。部屋が多いな。教会というのはこういうものなのか?」
「わたしもそこまで敬虔ではないので一般的にどうかは知らないんですが……神父様のお部屋だけではないようですね。戦中、人を匿ったりしていたのでしょうか」
水分を水そのままに取り込んでいるかのようなじとりとした空気が喉に張り付く。天井から落ちてくる水滴の落ちる音が背景音楽のようにそこかしこから聞こえてくる。外見からして、どうやらこの教会はH型をしているようだった。棟が二つ、その間に渡り廊下がある。小さいながらも立派な造りをしていた。
腐り落ちた扉を跨ぎ越しながら、国木田は部屋の中を窺い見ていく。その背を横目に見遣りつつ、クリスはガラスの割れた窓枠の向こうを眺めた。伸びきった雑草と枯れかけた木の向こうに隣の棟が見えていた。こちら側の棟と何ら変わらない、茶色のヒビを有した崩れかけの外壁に割れた窓ガラス、日が入らずどんよりとした室内。
――そこに、白い影を見た。
「……え」
立ち止まる。目を疑う。数度瞬きを繰り返す。それでもそれは消えなかった。高くもなく低くもない背、羽織っているものは白衣、その背中にかかるゆるやかな白銀。
横顔がゆっくりとこちらを向く。若い顔立ち、土色、そして――見慣れたあの笑顔が、クリスの目に映る。
いる。
嘘じゃない。ここに、そこに、確かに。
あの人が。突然会えなくなったあの人が。わけもわからないままに殺めてしまったあの人が。
確かに、いる。
「――ッ!」
躊躇う間もなかった。
駆け出す。近くの部屋の中を検分していた国木田が何かを叫んでくる。それを無視して、走った。曲がり角を曲がって渡り廊下へ、苔に滑り転びかけるのを何とか堪えながら、全力で向かう。
湿った空気が肺に満ちる。溺れかけているかのように呼吸が難しい。視界が白む。喉が喘鳴を漏らして止まない。それでも、走る。
待って、と手を伸ばす。
お願い、待って、待って。ただ君に会いたかった。君ともう一度、会いたかった。「また明日」の続きをしたかった。
幻だって良い、気のせいでも良い、何だって良い。
だから、だから。
もう一度、その声でわたしの名前を呼んで。