願いが叶う教会
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死んだ人間に会える場所。それが教会であれ何であれ、恐れるほどのことはない。死者に会えるなどあり得ないからだ。科学が進歩した現代でそのような妄想が現実になることは決してない。
決して、ないのだ。
だからそう、昼間のうちに早々に調査を進めてしまおうというこの計画は、別に幽霊が怖いからだとかそういう理由ではない。明るい方が調査がしやすいし、足元も見える。ただそれだけだ。
石を踏み欠けたアスファルトの上を通るたび、国木田の握るハンドルがガタガタと荒く振動する。それは路面の悪さと比例し、段々と酷くなっていった。周囲は細い木々が乱立する林であり、途中には「クマ注意」だとか「森林保護区」だとかといった錆び付いた看板が斜めになっている。手入れのされているかも怪しい、山奥だった。昼間だから何も恐ろしくはないが。
「この先ですね」
助手席から声が上がる。ちら、と見遣ったそこでは、亜麻色の髪の少女が地図を眺めていた。
「道なりにずっと行けば辿り着きます。この様子だと、舗装はずっとありそうですね」
「そうか。……それにしても」
顔を前に戻す。それでも、視界の隅に彼女の存在があることは確かだった。調査員でもない、探偵社と少しばかり何やかんやがあった程度の、一般市民であるはずの少女だ。それがなぜ、国木田と共に景色の映えない山間の道をドライブしているのかというと。
「もう少しやり方を考えてくれ。こちらの気が持たない」
「普通に頼んでも連れて行ってくれないと思って。とはいえ車の中に忍び込むのも身動きが取れなくなるので好みません。なら、正面から金を積んでお願いするしかないでしょう」
「賄賂を渡したかのように言うな」
「護衛代という名の賄賂ですよね、もはや」
カサ、と紙から顔を上げて、クリスは整った笑みを惜しげもなく国木田へと向けて来た。
「というわけで、わたしは今からあの教会へ向かいます。護衛任務、頑張ってください。まさか国木田さんもその教会に用があったとは思いませんでしたよ、奇遇ですね。どうせなので、国木田さんのお仕事のお手伝いもついでにしますよ」
「どれが本命なのかわからなくなってきた……」
元より彼女は口が回る。それに言い勝つなど国木田には難しい話だ。
――それにしても。
悟られない程度にちらと隣を見遣る。クリスは助手席にゆったりと座って地図を眺めていた。車が上下するたびに彼女もまた、上下する。気のせいでもなく幻でもなく、彼女が国木田の運転する車の助手席に座っていることを知る。
どうせなら、もっとそれらしい道を走りたかったものだ。そんなことを思う。そして、「それらしい」が意味することに自分で気付き、ハンドルを握る両手に変な力が入った。危うく道を外れかける。
「わ……大丈夫ですか?」
「ああいや、うん、問題ない」
「ずっと走り続けていますし……休憩しますか? 休憩できそうな場所はないですけど、車から降りるだけでも違う気がしますし」
「大丈夫だ」
「そうですか……?」
「問題ない」
細やかな気遣いに否定を繰り返す。クリスが今、国木田の横顔を見ていることはわかっていた。そちらを見てしまえば、きっと目が合ってしまうのだろう。
そうなってしまったのなら、今のこの感情を隠せる気がしない。もはや、今も隠せている気がしないのだが。
「……それにしても」
ふと、クリスが呟いた。
「もう少し、明るくて開けた場所を走れたら楽しかったでしょうね」
「というと?」
「だって、二人きりで車で移動なんて、まるで」
ふ、と言葉が止まった。その沈黙の意味を国木田が理解する前に、クリスは「まるでわたしが調査員になったみたいですね」と笑った。
「あなたが調査員になったのなら、心強いだろうな」
「情報収集と殺人と破壊なら任せて下さい」
「言い直す、あなたに探偵社の仕事は任せられん」
「ええッ、そんなこと言わないでくださいよ! 役に立ちますから! 色仕掛けもお手の物ですよ!」
「やめろ」
そんな他愛ない会話をしながら、かろうじて舗装の続く道を進み続ける。そうして数分後、クリスが「あ」と声を上げて前方を指差した。
「あれですね」
木々の枝の間から朽ちた外壁が覗き見えてくる。白かったはずのそれは苔と蔦に覆われ、茶色いヒビが入っていた。外れた扉、その横の壁に貼られた枠はおそらくミサの日付を周知するためのものだったのだろう。角度の狭い三角屋根の頂点には錆びた十字架。石畳を押し上げるように雑草が生え、タイル状のそれを割っている。
――廃墟。
その単語が相応しい建築物が、国木田の前に姿を現していた。