願いが叶う教会
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劇団に出入りしていると、様々な話を耳にする。誰かと誰かが喧嘩をしただとか、誰かが恋を成就させただとか、誰かが浮気をしただとか、そういった他愛ないよくある話ばかりだ。
「願いが叶う教会?」
台本から目を離し、クリスは振り返ってそちらを見下ろした。
「そうなんですよ」
ヘカテが柔軟体操をしながら頷く。舞台の上では、他にも役者達が発声練習をしたり台本を確認したりしていた。皆衣装ではなく動きやすい練習着を着ている。舞台練習の直前、各々が前準備を行う時間だ。
全面を明るい照明で照らした舞台の上で両足を開いて座っていたヘカテは、ぐぐっと右足のつま先へ両手のひらをつけながら続ける。
「何でも昔から細々と伝えられていた噂話みたいなんですけど、最近ネットで話題急上昇らしいです。パワースポットというよりは肝試しの場所として、ですけど」
「きもだめし?」
「ええっと、夜にお墓とか廃病院とか、そういう”いかにも出そうなところ”へ行くイベントですね。日本人の夏の風物詩なんですけど、結構季節関係なく人気のイベントではあります」
「いかにも出そう、というのは……何が?」
「妖怪とか幽霊とか……人でないもの、ってやつですかね」
はあ、とクリスは間の抜けた相槌を打つ。
「お墓は遺された人の憩いの場ですし、廃病院は人の管理の手が離れている以上建築物として危険なので、そういう目的で夜間に行くのはあまり良くない気がしますけど」
「行くなと言われると行きたくなるやつですよ、たぶん。夜のそういう場所って普段とひと味違うから、何だかわくわくするし」
ヘカテは困ったような顔をする。そんなことを言われても、と言いたげだ。日本人にとっては普通の感覚なのかもしれない。クリスは早々に理解を諦めた。代わりにヘカテへと話の続きを促すことにする。
「それで、その……願いが叶う教会、でしたっけ。それがどうかしたんですか?」
「リアなら知ってるかなと思って聞いてみたんですけど……最近、そこに行く女性が増えているらしいんですよ。それも、大切な人と死に別れた女性が。で、有名になっているんです。何でも悲しい話が残っている場所なんだとか」
「おう、ヘカテ。そりゃあれか、例の教会の話か」
ずいっとヨリックがヘカテへと腰をかがめた。突然人の話に入ってくる彼には劇団の皆が慣れている。驚くこともなく、一度上体を起こして今度は左足のつま先に両手のひらをつけながら、ヘカテはヨリックを一瞥した。
「そうですよ。ヨリックも知ってるんです?」
「ああ、こないだ娘が話しててな」
「……奥さんがいたんですか」
「そこ驚くところじゃないからな? ――噂によりゃ、大戦に出兵することになった男が女とこっそり式を挙げた教会らしい。周囲に反対されていたからこっそり別れ際に結婚したんだと。で、男はそのまま帰らぬ人となり、それを知った女は教会で祈りながら毒をあおって息絶えた」
よくある悲恋話だった。しかし「願いが叶う」という噂には結びつかないように思う。その点を尋ねてみれば、ヨリックはよくぞ聞いてくれましたとばかりに楽しげに笑った。
「そこが面白いんだよ、リア。その教会、既におんぼろなんだが……女の霊が今も男を待って彷徨っているらしい」
「うえ、やっぱりそういう話なんですね……」
ヘカテが顔をしかめて嫌そうな顔をした。対してヨリックはニシシと歯を見せて笑っている。
「しかもその女、かなりお優しい方なんだとよ?」
「優しい? 呪われるとかじゃなくて?」
「ああ。何とも心優しいお方で、訪れた憐れな女達の気持ちを汲んで、会いたかった男に会わせてくれるらしい」
それが恋人であろうと家族であろうと、相手が男性ならば誰であっても、一度だけ、祭壇へ祈りを捧げれば。
「それは」
聞こえてきた声が自分のものだと気付く頃には、既にその言葉は己の喉から発されていた。
「――相手が死んだ人だったとしても、会えるんですか?」
「むしろ死んだ相手と会うために行く人が多いって話だ」
クリスの問いにヨリックは頷いた。え、とヘカテが驚きの声を上げる。
「幽霊が幽霊を呼び出すってことです?」
「もはや神様なんじゃないかって娘達の間では噂になってるらしい」
「死人をこの世に呼び戻す、なんて神様レベルじゃないと難しいですもんね……」
「あとはそういうお仕事の方々とかな」
「うわあ……」
その手の話が苦手らしいヘカテは始終嫌そうな顔をしている。それを見、ヨリックは満足しきったようにガハハと大声で笑い声を上げた。