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何でも屋真壁嵐~ダイヤモンドに沈んだ陽~

「はぁ……」
「お疲れ様です、警部」
「ああ、ありがとう」
 角谷警部は気のない声で礼を言い、太川刑事が持ってきたドリンクバーをすすった。
 あれから大変だったのである。
 何がって鳥羽泰江だ。敦子と対象的に大柄な彼女は態度まで大きかった。いや、どちらかというと、お淑やかさを取り繕いながら、根っこの高慢さが贅肉のようにはみ出ていて、隠しきれない感じだった。
 泰江は昨夜コロッケをお裾分けしたことは認めたものの、カニエキスを混入させた記憶は微塵もなく、そんなものキッチンにないと断言した。それだけならいいけれど、敦子や警察の見ている前で、棚森重雄の悪口をネチネチ言いまくった。あの男は我が家を破滅に導いている、とか。口論になったことは何度もあると自分で言った。最終的には息子が帰ってくるからと、いやぁな空気だけを残して戻っていった。
 太川刑事は何より棚森重雄を侮辱されたことに憤慨しているらしく、ハンバーグを切るナイフの手も穏やかならなかった。
「あいつ逮捕でけへんのですか?」
「やめとけ。――山田くん、君も食べなさい」
「ほんまですよ。食べなきゃ毒!」
「はあ」
 山田巡査は借りてきた猫のように小さくなって、一度もビーフシチューに手をつけていなかった。角谷警部は憂さ晴らしのノンアルを流し込むと、隣の彼に優しく言った。
「君は大変な立場だね」
「すみません」
「謝ることではない」
 泰江がドロドロとボロを出す中で、山田巡査の名前が出た。彼は鳥羽泰江にも息子にも、棚森重雄にも敦子にも、平等に接していた。元が柔和で話しやすく、町のおまわりさんとしてこれ以上ない人材なのだが、ゆえに両家の間で板挟みになっていた。といっても、ほとんど泰江側の板なのだが。
「僕、昔から八方美人なんです」
「心を開かせるということだ。最高の能力じゃないか」
「交渉人向いてんじゃないですか? ネゴシエーター。かっちょいい!」
「あはは……」
 関西弁が引っ込んだ太川刑事の冗談で、彼の頬もようやくほころんだようだ。
 ひと時の団らんを終えて、太川刑事が会計をする間、角谷警部は外の風に当たっていた。
 少し前までの熱帯夜もようやく鳴りを潜めて、考え事にふけるにはちょうどいい夜長である。
 調べたところ、たしかに鳥羽家の台所からカニエキスは発見されなかった。どこのメーカーのものかは調査段階。とはいえコロッケの内部にカニの粉末を入れられる人間は、作り手しかいないと思われる。あとから混入させられる代物ではない。甲殻類アレルギーのことを知っていた作り手が、彼に食べさせようと考えた――自然だ。
 しかし――引っかかる。
「――角谷」
 電話が鳴って出た。棚森重雄に付き添っている刑事だ。
 話が終わると、角谷警部は大きく目を見開いた。
「――すぐに礼状を」
 角谷警部は領収書を持って出てきた二人に素早く指示した。
 棚森重雄が意識を取り戻し、容疑者の名前を口にしたのだ。
 甲殻類アレルギーの彼に、カニエキスという名の毒を盛った人物。自分を恨んでいそうな人間。
 名前は桑山くわやま皐月さつき。神奈川に住む、三十五歳の美青年。棚森敦子の不倫相手だ。
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