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何でも屋真壁嵐~ダイヤモンドに沈んだ陽~

 妻の棚森敦子あつこは、化粧の薄い、凛とした美人だった。細身で背が高く、均整が取れた身体をしている。家の駐車場に物々しい車が停まっていることに怪訝のひとつも見せないところが、逆に良家の奥様らしい強さがうかがえる。旦那とは学生時代の同級生らしく、すでに四十の坂を超えているがとてもそうは思えなかった。
「どうぞ」
 棚森敦子は警官三人を招き入れ、四つのハーブティーを淹れた。親しいという山田は彼女の隣に座った。
「すみません。ご足労かけまして」
 刑事二人は頭を下げた。
「いえ。お買い物に出ていただけですから。それよりも、棚森の容態のほうは……?」
「はあ。単刀直入に申しまして、あまり芳しくはありません。アナフィラキシーショックの中でも重度のほうらしく、覚悟をなされよというのが医師の言葉でした」
「そうですか……」
 彼女は顔をうつむけた。瞳に涙が薄く浮かんでいる。それが演技だとしたら相当な女優だ。山田は彼女の背中を優しくさすった。
 角谷警部と太川はアイコンタクトを取った。こういうことは変にはぐらかさないほうがいい。
 太川が口を開け、警察手帳のメモを取り出した。
「ところで、奥様。今回の棚森重雄さんの症状というのが、食物依存性運動誘発アナフィラキシーといいましてね。アレルギー症状が出るものを摂取して二時間以内に運動をすると起こるものなんです。倒れたのが十時頃だから、朝の八時頃。もちろん時間は前後しますが、彼が今日何を食べたかご存知ですか」
「ええ。私が用意しましたから。今日は私のほうも朝から所用があって出ておりましたので、作り置きしたものを冷蔵庫に入れておきました」
 彼女は凛と言った。おそらく太川の言葉の含意は理解しているだろうが、逃げも隠れもしなかった。
 彼女は冷蔵庫から、白いプレートを取り出した。適当にラップがかかっていて、コロッケがひとつ、置いてあった。
「先ほどお茶をお出ししたときに確認したのですが、本来コロッケは二つ用意しておりました。ひとつ食べて、出かけたのでしょう。彼は時間にルーズですから、間に合わなかったのだと思います」
「なるほど。これを回収してもよろしいですか」
「はい」
 太川は皿ごと受け取り、鑑識課に連絡する。さすがに彼女に直接問いただすことはできなかった。

「正直あの夫婦、どうなんだ?」
 角谷警部は山田巡査に尋ねた。
 コロッケの成分解析は急ピッチで進められている。なんでも向こうの偉い方が数十年来のドルフィンズファンらしく、事態を重く見ているようなのだ。こういうとき、私情というのは便利だ。
 結果が届くまで三人は、パトカーの車内で待機していた。角谷警部の隣で緊張気味の山田巡査は、唇を噛みしめている。
「――何かあるんですね」
 後ろの太川刑事は携帯を置いた。山田巡査はうなずくと、小さく言い放った。
「重雄さんには数億超の生命保険がかけられています」
「――本当か」
「誰から聞いたんですか?」
鳥羽とば泰江やすえさんという、お隣の奥さんです。同じような綺麗な家が建っているでしょう」
「ほう」
 角谷警部は息をつく。こんな街に家を建てるような成功者でも、婦人は噂話に目がないようだ。
 いや、金持ちだからこそか。
「鳥羽泰江と棚森敦子は仲が悪いのか」
「そんなことはありません。むしろ、よいほうです。鳥羽さんの家ではマーシャというペルシャを飼っていたのですが、なんでも息子さんがアレルギーを発症したとかで、今は棚森さんの家にいるとか。嫌いな相手に愛猫をあげますか」
 まあ、表向きかもしれませんが――と、小さくつぶやいたのを角谷警部は聞き逃さなかった。
 太川刑事は窓の外を見て、
「にしても遅いですね」
「なんだ、鑑識か」
「いえ。運転手さんです。僕らより先に出たはずですが」
「たしかに、そろそろ帰ってきてもいい頃だな」
 その後、運転手よりも先に鑑識から鑑定結果が送られてきた。
 コロッケの中には北海道産のカニエキスが発見された。それはアレルギー反応を引き起こすには十分な量だった。
 警察は速やかに妻の敦子に疑いの目を向けたが、一瞬で覆された。
 カニエキス入りコロッケを揚げたのは、お隣の鳥羽泰江だったのだ。
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