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何でも屋真壁嵐~夜の見世物~

 翌々朝の麻衣子を見て、上司は目を白黒させた。
 彼女の手には『退職願』と達筆に書かれた封筒が握りしめられていたからだ。
「き、君は……どういうつもりだね」
 上司は心を落ち着かせるように額を指で揉んだ。
「頭の怪我がそんなによくないのかね」
「いえ、もう包帯は取れています。あえて理由を上げるなら、私には能力が足りていなかった、というぐらいでしょうか」
「そんなことはない。君は仕事も丁寧だし、遅刻も前回のようなケースを除いて一度もしたことがないし、クライアントから信頼されている。上司からも部下からも尊敬されている。君がいなくなったらオフィスは立ち行かなくなってしまいかねない」
「そんなことはありません、とお返ししましょう。しょせん私は社会の歯車のひとつ、私がいなくてもどこかから新しい若い芽が育ち、私以上の働きで会社を支えてくれるでしょう。ではこの退職願、提出願います」
「待ちたまえ、吉田くん……」
 麻衣子の大立ち回りに、オフィスが唖然とする中、泣きそうな顔で京香が寄ってくる。
「ま、ままま麻衣子さん、辞めちゃうんですか……?」
「ごめんね、京香ちゃん」
「わたしがあげた白い恋人の残り、気に入らなかったですかぁ」
「美味しかったわよ。京香ちゃん、ここだけの話……」
 麻衣子は京香の耳元でささやいた。
「私、文壇デビューが決まったの」
「えっ、ぶんだん?」
「小説家ってこと」
「小説家!? すごーい!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねる彼女を、麻衣子は立てた人差し指を自分の口に持っていって制した。
「内緒にしておいてね。二週間後の『ワイドワイド12』で報道されると思うから、ぜひ見てちょうだい」
「わ、わかりました。絶対誰にも言いません! 録画しときまっす!」
 京香は悲しみが一転、スキップの形でデスクへ戻っていった。
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