現在篇
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日が落ち始め、寒さが深まる時間帯。
薄暗い空に突き刺さる、高層ビルを仰ぎ見た。
事件の黒幕は異能使いの可能性が高い事から、異能無効化を持つ自分が任命され、調査に出向いたのだ。
(この屋上から落ちれば、確実に死ねるだろうけど。無様な最期は御免だ)
そう考えながら、丁度開いていたエレベーターに乗り込む。
すると、中には一人、懸命に背伸びをする女の子が居た。
「何階かな?」
「あっ…22階です」
手の届かないその子の代わりに、ボタンを押してやる。
自分も目的の階を押し、22と38のランプが光った。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる少女。
漆黒に、大きなリボンの付いた帽子を被っている。見るからに上質な物だ。
「どういたしまして。素敵な帽子だね」
「はい!わたしもこれ、大好きなんです」
大事そうに帽子に触れ、満面の笑みを見せる少女。
子供らしい、あどけない表情だ。
だが、この雰囲気は―――
前に向き直った少女の後頭部に、静かに手を伸ばしてみる。
意図的に、僅かな悪意を纏わせながら。
「どうしましたか?」
指が届く前に気付かれた。
掠めた程度であったが、彼女から確かに感じた、鋭い気。
一般人の、まして子供のそれでは無い。
「リボンに皺が寄っていたよ。はい、これで良しっと」
「すみません」
ポンと到着を告げる音が鳴り、扉が開く。
少女は軽く会釈をすると、廊下へと消えていった。
(これは…22階も、調べる必要がありそうだ)
そこから見えてくるのは、過去か現在か。
否、双方か。
数日後。
高層ビル街から離れた、倉庫群の一角。
もし自分の読みが、当たっているのなら。
「やあ中也、久し振り」
「太宰!手前、なんで此処に」
的中だ。元相棒と、先日出会った少女の姿があった。
事件で使われた異能は、やはり彼女の物だったか。
道理で、過去の資料に該当項目が見当たらない筈だ。
「あの時の、お兄さん?」
「お前、知ってんのか」
「前に、エレベーターで一緒になって」
「エレベーター?例のビルのか。…真逆、その時から」
「乗り合わせたのは全くの偶然さ。ちょっと、彼女の事が気になってね」
「…チッ、そうかよ」
「先生、この人は…」
「今直ぐにでも殺したい人間だ」
「標的ですか!?ならわたしも、」
「コイツは必ず俺が殺る。それに、お前じゃ相手に成らねえ」
「…わかりました」
「いやあ、良かった。二人掛かりで来られたら危なかったよ」
「その面構えで云われてもな。…何処まで調べやがった」
「さあね?」
空気が張り詰める。
少女も警戒心を露わにし、こちらを射るように見つめていた。
「さて、可愛いマフィアさん。私は太宰治。君の名前も、教えてくれるかい」
「………」
「出来れば君から直接聞きたかったなぁ、みょうじなまえちゃん」
「!」
「探偵社をやっているからね。この位は簡単さ」
「探偵社!マフィアの敵です!」
「止めとけ。さっきも云ったが、お前が敵う相手じゃない」
「っ、はい」
「私も、幼気な女の子を傷付けたくは無いしね」
「今まで散々女を泣かせた野郎が、スカしやがって」
「そこは触れないで貰いたいな。にしても、中也が先生だなんてねえ」
「新人教育だ。手前もやってただろうが」
「えっ…太宰さんも、マフィアに?」
「昔は、ね。中也と組んでたんだよ」
「コイツとセットなのは不本意だが、それなりに名は通ってたな」
「先生と、太宰さんが…」
彼女の丸い目が、一層丸くなる。
その驚く表情と共に、身体の強張りが緩んでいくのが見て取れた。
「なら、あの時の冷たい気配も…納得です」
「試しに仕掛けてみたんだけど、ちゃんと気付いてたね」
「帽子が狙われてる!って、思いました」
「ふふっ、それ、とても大事にしているんだね」
「はい!先生と同じにしたくて、初めてのお給料で、買ったんです」
「本当に、良く似合ってるよ。どこその帽子置き場とは違って」
「俺は帽子置き場じゃねぇ!」
「誰も中也の事とは云ってないだろう?」
「前にもそうやって莫迦にしただろうが」
「そんなの覚えていないよ。あーあ、しつこい男は厭だねー」
「手前より厭な男はこの世に存在しねェ!」
そうして罵倒し合う私と中也を、じっと見ているなまえ。
先程とは違い、好奇心に満ちた眼差しだ。
「なまえちゃん、中也に愛想が尽きたら、いつでも私の所においで」
「コイツは抜けたりしねェよ。どこぞの裏切り者とは違ってな」
「へぇ、そんな輩がいたんだねえ」
「…クソッ、そういう態度も苛つくぜ。消されたくなけりゃ、さっさと失せろ」
「美女と心中する夢を邪魔されたくはないなぁ。じゃあまたね、なまえちゃん」
「またね、だと?二度とその面見せんじゃねェ!」
吼える中也の声を背に、ひらひらと手を振り、退散する。
推測は確信に変わった。事件は明け方には解決だ。
なまえちゃんと仲良くなるのは、その後じっくり進めるとしよう。
中也を弄る要素が増えた。嫌がらせが捗るなあ。
「…なまえ、これから気を付けろよ」
「すみません。マフィアだって気付かれること、したつもりは」
「そっちじゃねえ。太宰に目ェ付けられた事だ。アレは厄介だぜ」
「でも、今は敵でも…マフィアの先輩なら、また、お話したいです」
「アイツの過去の話よりも、今俺が教える事を、しっかり叩き込め」
「はいっ、了解です!」
「…お前、心成しか笑ってないか?」
「さっきみたいに、あんなにいろんな顔する先生、初めて見ました。楽しかったです!」
「オイ、帽子に穴開けて欲しいか」
「いいえ。ちゃんと、守ってみせます」
「ハッ、一丁やるか?お前は俺の帽子狙え。…気ィ抜くなよ?」
「はい!お手合わせ、おねがいします。先生!」
薄暗い空に突き刺さる、高層ビルを仰ぎ見た。
事件の黒幕は異能使いの可能性が高い事から、異能無効化を持つ自分が任命され、調査に出向いたのだ。
(この屋上から落ちれば、確実に死ねるだろうけど。無様な最期は御免だ)
そう考えながら、丁度開いていたエレベーターに乗り込む。
すると、中には一人、懸命に背伸びをする女の子が居た。
「何階かな?」
「あっ…22階です」
手の届かないその子の代わりに、ボタンを押してやる。
自分も目的の階を押し、22と38のランプが光った。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる少女。
漆黒に、大きなリボンの付いた帽子を被っている。見るからに上質な物だ。
「どういたしまして。素敵な帽子だね」
「はい!わたしもこれ、大好きなんです」
大事そうに帽子に触れ、満面の笑みを見せる少女。
子供らしい、あどけない表情だ。
だが、この雰囲気は―――
前に向き直った少女の後頭部に、静かに手を伸ばしてみる。
意図的に、僅かな悪意を纏わせながら。
「どうしましたか?」
指が届く前に気付かれた。
掠めた程度であったが、彼女から確かに感じた、鋭い気。
一般人の、まして子供のそれでは無い。
「リボンに皺が寄っていたよ。はい、これで良しっと」
「すみません」
ポンと到着を告げる音が鳴り、扉が開く。
少女は軽く会釈をすると、廊下へと消えていった。
(これは…22階も、調べる必要がありそうだ)
そこから見えてくるのは、過去か現在か。
否、双方か。
数日後。
高層ビル街から離れた、倉庫群の一角。
もし自分の読みが、当たっているのなら。
「やあ中也、久し振り」
「太宰!手前、なんで此処に」
的中だ。元相棒と、先日出会った少女の姿があった。
事件で使われた異能は、やはり彼女の物だったか。
道理で、過去の資料に該当項目が見当たらない筈だ。
「あの時の、お兄さん?」
「お前、知ってんのか」
「前に、エレベーターで一緒になって」
「エレベーター?例のビルのか。…真逆、その時から」
「乗り合わせたのは全くの偶然さ。ちょっと、彼女の事が気になってね」
「…チッ、そうかよ」
「先生、この人は…」
「今直ぐにでも殺したい人間だ」
「標的ですか!?ならわたしも、」
「コイツは必ず俺が殺る。それに、お前じゃ相手に成らねえ」
「…わかりました」
「いやあ、良かった。二人掛かりで来られたら危なかったよ」
「その面構えで云われてもな。…何処まで調べやがった」
「さあね?」
空気が張り詰める。
少女も警戒心を露わにし、こちらを射るように見つめていた。
「さて、可愛いマフィアさん。私は太宰治。君の名前も、教えてくれるかい」
「………」
「出来れば君から直接聞きたかったなぁ、みょうじなまえちゃん」
「!」
「探偵社をやっているからね。この位は簡単さ」
「探偵社!マフィアの敵です!」
「止めとけ。さっきも云ったが、お前が敵う相手じゃない」
「っ、はい」
「私も、幼気な女の子を傷付けたくは無いしね」
「今まで散々女を泣かせた野郎が、スカしやがって」
「そこは触れないで貰いたいな。にしても、中也が先生だなんてねえ」
「新人教育だ。手前もやってただろうが」
「えっ…太宰さんも、マフィアに?」
「昔は、ね。中也と組んでたんだよ」
「コイツとセットなのは不本意だが、それなりに名は通ってたな」
「先生と、太宰さんが…」
彼女の丸い目が、一層丸くなる。
その驚く表情と共に、身体の強張りが緩んでいくのが見て取れた。
「なら、あの時の冷たい気配も…納得です」
「試しに仕掛けてみたんだけど、ちゃんと気付いてたね」
「帽子が狙われてる!って、思いました」
「ふふっ、それ、とても大事にしているんだね」
「はい!先生と同じにしたくて、初めてのお給料で、買ったんです」
「本当に、良く似合ってるよ。どこその帽子置き場とは違って」
「俺は帽子置き場じゃねぇ!」
「誰も中也の事とは云ってないだろう?」
「前にもそうやって莫迦にしただろうが」
「そんなの覚えていないよ。あーあ、しつこい男は厭だねー」
「手前より厭な男はこの世に存在しねェ!」
そうして罵倒し合う私と中也を、じっと見ているなまえ。
先程とは違い、好奇心に満ちた眼差しだ。
「なまえちゃん、中也に愛想が尽きたら、いつでも私の所においで」
「コイツは抜けたりしねェよ。どこぞの裏切り者とは違ってな」
「へぇ、そんな輩がいたんだねえ」
「…クソッ、そういう態度も苛つくぜ。消されたくなけりゃ、さっさと失せろ」
「美女と心中する夢を邪魔されたくはないなぁ。じゃあまたね、なまえちゃん」
「またね、だと?二度とその面見せんじゃねェ!」
吼える中也の声を背に、ひらひらと手を振り、退散する。
推測は確信に変わった。事件は明け方には解決だ。
なまえちゃんと仲良くなるのは、その後じっくり進めるとしよう。
中也を弄る要素が増えた。嫌がらせが捗るなあ。
「…なまえ、これから気を付けろよ」
「すみません。マフィアだって気付かれること、したつもりは」
「そっちじゃねえ。太宰に目ェ付けられた事だ。アレは厄介だぜ」
「でも、今は敵でも…マフィアの先輩なら、また、お話したいです」
「アイツの過去の話よりも、今俺が教える事を、しっかり叩き込め」
「はいっ、了解です!」
「…お前、心成しか笑ってないか?」
「さっきみたいに、あんなにいろんな顔する先生、初めて見ました。楽しかったです!」
「オイ、帽子に穴開けて欲しいか」
「いいえ。ちゃんと、守ってみせます」
「ハッ、一丁やるか?お前は俺の帽子狙え。…気ィ抜くなよ?」
「はい!お手合わせ、おねがいします。先生!」
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