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【SAO/キリト】幸村 紗英/ユエ

「硝子片に似た恐怖」

※既にアニメ化されているシーンなのでネタバレはありません。

※Twitterに投稿したSSです。

【舞台:SAO】


 青い髪の騎士ナイトと名乗るプレイヤーが、ガラスが砕け散るような破壊音と共に半透明のポリゴン片となって空気に溶けた。体が冷たくなる。彼が勝とうぜと言って開け放ったボスフロアの音が、色が、意識から遠ざかっていく一瞬の感覚。

 ああ、死ぬのか。ここでHPバーをゼロにすれば、死ぬのか。

 驚くほど冷静に、深刻に、今更事実を受け止めた。背筋を這う死の恐怖で、愛剣を握る右手が、全身が、ぴくりとも動かなくなった。
 会いたいと泣いたのはいつだったか。強くなりたいと訴えたのはいつだったか。もう遠い過去の話に感じられてきて、強くなんてなれなかったんだと、死んでもないのに痛感する。

「ユエ!」
 彼の緊迫したような声でようやく現実に引き戻された。金縛りが解けてはっと目線を上げれば、ボスの刀が目の前に。まずい、と片手剣を下方から振り上げるももう遅い。鮮明に蘇るのは割れたガラスの死亡エフェクト。明確な死の感覚が訪れる。

「ユエ!」
 再び彼の声。ぎゅっと目を瞑りきたる衝撃に備えるも、金属と金属が擦れあってぎゃりいぃん、という歪な音が響くのみ。
ほぼ反射で前方を見やれば、刀をパリィしたらしく、剣を振りぬいた立ち姿のキリトが視界に入る。流れる黒髪がさっと振り向いて叫んだ。

「スイッチ!!」
 息を呑んだ。勝たなきゃ。勝たなきゃ死んでしまうんだ。踏み出した一歩は今までで一番速かった。
 死ぬのが怖い。それは変わらない事実だけれど、それを言い訳に逃げている場合じゃない。

立ち止まっていては、何時までたっても強くなんて―――帰る事なんて叶わないのだから。

強くなって、勝ち抜いて、あの世界に帰るために、今は進まなくちゃいけないんだ。

 中段で構えていた愛剣を一度右に振りぬいてから沈み、床を蹴って飛び上がる。スキルモーションを検知したシステムが、艶やかな刀身を眩いばかりの光で包み隠す。ソニックリープ。

すうっと細く息を吸って、鋭く叫んだ。


「あああああぁぁぁっ!!」
 基本の突き技をボスめがけて打ち込む。ポリゴンを貫いた感触が右手を伝って脳天まで駆け抜けた。あっさりと、まるでハサミで紙を切るような。そんな薄くて軽い感触。
 そんな感覚が一瞬にして抜け落ちると同時に急速度の降下が始まった。現実リアルでは有り得ない身体能力で猫のように器用に両足で着地。ざざっ、と後ろに流れるも、どうにか踏みとどまって体勢を立て直す。

「ナイス!」
 声がした方に視線を動かせば、サムズアップをして愛剣を手に駆け出すキリトの姿。
「そっちこそ!」

 視界の端に、先程の攻撃ソニックリープで隙が出来たコボルドロードに多種多様の攻撃を浴びせるプレイヤーたちが見えた。私もここでぼうっとしてるわけにはいかない、と再び駆け出す。

 向かう先は、プレイヤーたちが憎悪値ヘイトを稼いでいる前方ではなく隙だらけの後ろ側。だがしかし奴も背後には警戒しているらしく、後方にも繰り出される攻撃をどうにか躱しながら辿り着いた。
 こちら側から攻撃をすれば、間違いなく憎悪値がカウントされコボルドロードは少なくとも一度はこちらに攻撃をしてくるだろう。つまり大きくHPを削ることができるチャンスは一度きり。ごくりと生唾を飲み込んで、愛剣を構え直した。私が出来る中で一番攻撃力の強いソードスキルは―――

 規定モーションをシステムが感知し、再び剣に光を灯す。剣先がきぃぃんと高周波の澄んだ音を響かせた。現時点で最多数の攻撃数を誇るソードスキル―――片手剣二連撃技、バーチカル・アーク。
 剣を包む光に気付いたキリトがさっと駆け出したのが見えた。
 前方のプレイヤーたちに心の中で謝罪しつつ、できるだけ憎悪値を稼がず攻撃を当てるために息を詰めた。

「―――っ!!」
 光り輝く剣がV字を描く。ダメージ判定の赤の格子が付いたのを確認して、素早く前方へ回りつつ叫ぶ。

「HP少ない人は回復して! 十秒だけならいける!」
 返事を聞かずに振り下ろされる刀を単純な斬り上げでパリィ。視界に入る自分の長い茶髪。世界がスローモーションになる。

「スイッチ!!」
「了解!!」
 飛び込んできた黒衣の少年にふっと微笑んだ。やっぱり、待ってたんだね。ペールブルーの軌跡を描き、コボルドロードの懐に飛び込んでいく。私もその後を追いながらソードスキルではないものの適当な斬撃を浴びせた。
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