21.俺を残して褪せていく景色
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安土城。
軍議が終わり、皆が部屋から出ていく中、ひとり座ったまま考え事をしている人物がいた。
「…三成」
信長は、脇息にもたれたまま呟いた。
だが、聞こえていないのか、三成は俯いたまま表情ひとつ変えない。
「おい、三成」
そう呟きながら、信長は三成の前に歩み寄る。
そして、手にしていた扇子で頭を軽く叩いた。
「…えっ?あ、信長様」
「何を呆けている、三成。読書中でもあるまい」
「…失礼しました」
信長は声をあげて一笑し、そのまま上座へ戻り腰を下ろした。
「で、何があった」
「っ…。わざわざ信長様にご報告するような事ではございません」
「ほぅ?周りも見えなくなる程に、悩み苦しむ事柄なのであろう?それでも、たいした内容ではないと言うのか?」
「…それは」
三成は言葉に詰まる。
それを見た信長は、畳み掛けるように問い掛ける。
「歯切れが悪いぞ、三成」
「…やはり、信長様には敵いませんね」
三成は苦笑しながら呟いた。
そして、大きく息を吐き、こう言った。
「〇〇様に、文をお送りしようかと思っております」
信長は、目線だけを三成に向けた。
そして少し思案した後、無表情で口を開いた。
「〇〇か」
「覚えておいでですか?以前、安土城下の茶屋で働いていた女性です」
「無論、覚えている。…懐かしい名だ」
信長は、当時を懐かしむ様に瞳を伏せた。
そんな信長を見て、三成は言葉を続けた。
「今は、越後に…」
「あぁ、生まれが越後だったと聞いた」
「はい。近況を確認したいのですが、越後は敵地なので、中々」
「まぁ、そうだろうな。確か、故郷の越後で奉公先が見つかったのではなかったか?」
「はい、〇〇様からはその様に伺っております」
「そうか。しかし三成、それももう過去の出来事であろう。何故あの女にそこまで執着する」
信長はわざと三成にそう尋ねた。
三成は、俯いてしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「それは…。私は、真っ直ぐでお優しい〇〇様の事を、心からお慕いしておりました。ですので、越後でも元気にしていらっしゃるか心配なのです」
澄んだ瞳でそう答えた三成を見て、信長は顔を伏せ言った。
「あぁ。確か〇〇は、お前が拾って安土へ連れて来たのだったな」
「あれは…安土城下に続く林道で、〇〇様が野盗に絡まれておりましたので、野盗を追い払い、城下までご案内をしただけです」
「確かに、当時その様な話を秀吉から聞いた覚えがあるな」
「信長様、〇〇様は城下にいらっしゃったごく普通の女性です。よく、その様な細かな事まで覚えていらっしゃいましたね」
あまりに純粋な三成の眼差しに、信長はハッと一笑し脇息にもたれ掛かる。
「お前と一緒にするなよ、三成」
「えっ?」
「俺があの女に興味を抱いたのは、ほんの一瞬。何年も引きずっているお前とは違う」
そうでしたか、と。
少し思案する様に俯き、三成は慎重に言葉を繋ぐ。
「越後に帰られるべきか否か、当時〇〇様とは何度も話し合いを致しました。越後にお送りしたのも、故郷を大切に想う〇〇様の為。ですので、私も今更未練はございません」
「そうか」
「はい。ただ…」
三成は自分の右手を開き、眺めながら呟いた。
「ふと。もう一度、〇〇様に、この手で触れたいと思ってしまうのです」
信長は、じっと三成を見つめている。
そして盛大に笑いながら言った。
「三成、その感情こそが、未練があると言う事だ」
「え、そうなのですか?」
「貴様、大真面目な顔をして、恐ろしい程に呆けた発言をするな。…まぁ良い」
信長は立ち上がり、三成の前まで来ると、面と向かって膝をついた。
三成も姿勢を正し、信長を見つめる。
「悩む必要など無い。文は出せ。あと、今尚〇〇を愛している己の心を認めよ」
「えっ」
「認める事も、強さだ」
「…認めることも強さ、ですか」
信長はそのまま立ち上がり、三成に背を向けて入口へと歩き出した。
座ったまま動けない三成を振り返る事もせず、そのまま部屋の外まで歩き、後ろ手で襖を閉めた。
「…さっきの言葉は撤回だ。俺も鮮明に覚えている。あの女の笑顔も、声も、暖かい心も。〇〇のいない世界はまるで、色を失い、褪せた様な景色その物だな」
信長は、襖の前に立ち尽くし、庭の景色を眺めながらそう呟いた。
三成には聞こえていまいな…そんな事をうっすら考えながら、ゆっくりと天守へと向かって歩き出した。
End*2019/11/13
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