怪物
コンコン、と部屋の扉が叩かれた。
「…王子、少しよろしいですか?王子にお客人が…」
従者の声が聞こえたが、今日 彼に来客の予定はない。急用でなければ要件だけ聞いて後日 改めて出向いてもらいたい旨を伝えたが、
「いや~、実は大事な話なんよね。ちょいとばかしお時間くれるかな?」
客の男は引き下がらなかった。仮にも王に対して砕けた口調を使ったことで従者からは戸惑いの声が漏れる。
「…少し待っていてくれるか」
彼もただの世間話で訪れた客とは思えず、話を聞くために男を扉の前で待たせることにした。従者に席を外してもらうと「ご対応どうも~」というのんきな声が扉越しに聞こえた。
彼は目と耳を隠すためのフードを被ると、扉を開けて男を部屋に招き入れた。
「おやおや、どうしたの、フードなんか被って?」
礼儀のない男は彼を見て、真っ先にそんな言葉を投げかけた。確かに気になるのは仕方がないことである。誠実な彼は男にカッとなることもなく、冷静に言葉を返した。
「客人の前ですまない。最近まで体調を崩していて、そのせいで皮膚も弱くなっているのだ」
「へえ、なるほど。じゃあ太陽の光も苦手になっちゃったんだ」
…男の探るような視線を訝しげに思いながらも、彼は本題へと入ることにした。男をソファに座らせて、自身も玉座へと座る。
「…失礼ながら、貴殿の名は?どういった要件で?」
彼が問うと、男はスッと目を細めて「まあまあ、その前にさ」と添えて言葉を紡いだ。
「王子サマはさ、呪いって信じる?」
…男からの問いかけに、彼は一瞬 拍子抜けした。
「……呪い?…何故そんなことを聞く」
決してこの世に存在していないものとは断定できないが、しかし誰しもが自分には無縁だと思っているものだろう。彼も少しだけ聞いたことがあった。他国ではそれを扱う者、特に女性に多く、その者達は魔女と呼ばれ、酷い場合には処刑されると。ただそれだけの知識だ。
彼から疑問の目を向けられた男は、「いやぁ~あっはっは」と笑う。読めない男に彼が警戒を強める中、男は彼を見つめた。口元は笑っているが、その目は笑っていなかった。
「俺もそんな詳しくは知らないんだけど、呪いってさぁ、ドカンと一発で成功させることは難しいんだって。でも毎回呪いをかけようとするたびに恨みつらみが込められてるわけだから、それはじわじわと、少しずつ相手の体を侵食していくんだ」
「………」
……男の言葉に、彼の心臓は嫌な跳ね方をした。それもそのはずだ。身に覚えがあったのだから。
…散々彼を苦しめていたあの不調のことだ。
最初は奇妙な症状から始まり、それがたびたび続き、そして数日前…
数日前の夜に、彼は……
「結論を言うね」
動悸がしてきた彼に、男は冷酷に言い放った。
「裁判官の俺に知らせがあったんだ。君、もう人間じゃないでしょ?」
それは処刑宣告されたも同然だった。
裁判官の男は、呪われて狼憑きとなった彼を捕らえにきたのだ。
「…誰、から」
彼の思考は停まりそうになりながらも、なんとか言葉を絞り出す。
「…聞いた
呪いのことは、誰から、」
おそらく誰かが彼に呪いをかけ、「あの王子には狼が取り憑いている」と男に告発したのだろう。しかしそれが誰なのかが分からない。
敵国の者か、不満のある国民か、はたまた味方の裏切りか。
敵が多い彼はすべての人間を疑い始めていた。
「それはこっちの事情で教えてあげることはできないんだよね~。…とりあえずさ、移動しようか」
男はソファから立ち上がり、彼にジェスチャーで「こっちへ来て」と言うように扉を示した。
彼が動けずにいると、男は朗らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫、話を聞くだけだよ~。馬車があるからさ、それに乗ってくれる?」
すでに狼憑きだと確信しているにもかかわらず、話を聞くだけだと嘘をつく男は酷く狂気的に見えた。
…しかし、ここでは誰に話を聞かれるか分からない。
「……」
彼は男の後を黙ってついていくしかなかった。
道中 従者達から彼の格好やどこに行くのかという様々な声が上がっていたが、彼は「すぐに戻る」とだけ伝えて宮殿を出たのだった。
「…王子、少しよろしいですか?王子にお客人が…」
従者の声が聞こえたが、今日 彼に来客の予定はない。急用でなければ要件だけ聞いて後日 改めて出向いてもらいたい旨を伝えたが、
「いや~、実は大事な話なんよね。ちょいとばかしお時間くれるかな?」
客の男は引き下がらなかった。仮にも王に対して砕けた口調を使ったことで従者からは戸惑いの声が漏れる。
「…少し待っていてくれるか」
彼もただの世間話で訪れた客とは思えず、話を聞くために男を扉の前で待たせることにした。従者に席を外してもらうと「ご対応どうも~」というのんきな声が扉越しに聞こえた。
彼は目と耳を隠すためのフードを被ると、扉を開けて男を部屋に招き入れた。
「おやおや、どうしたの、フードなんか被って?」
礼儀のない男は彼を見て、真っ先にそんな言葉を投げかけた。確かに気になるのは仕方がないことである。誠実な彼は男にカッとなることもなく、冷静に言葉を返した。
「客人の前ですまない。最近まで体調を崩していて、そのせいで皮膚も弱くなっているのだ」
「へえ、なるほど。じゃあ太陽の光も苦手になっちゃったんだ」
…男の探るような視線を訝しげに思いながらも、彼は本題へと入ることにした。男をソファに座らせて、自身も玉座へと座る。
「…失礼ながら、貴殿の名は?どういった要件で?」
彼が問うと、男はスッと目を細めて「まあまあ、その前にさ」と添えて言葉を紡いだ。
「王子サマはさ、呪いって信じる?」
…男からの問いかけに、彼は一瞬 拍子抜けした。
「……呪い?…何故そんなことを聞く」
決してこの世に存在していないものとは断定できないが、しかし誰しもが自分には無縁だと思っているものだろう。彼も少しだけ聞いたことがあった。他国ではそれを扱う者、特に女性に多く、その者達は魔女と呼ばれ、酷い場合には処刑されると。ただそれだけの知識だ。
彼から疑問の目を向けられた男は、「いやぁ~あっはっは」と笑う。読めない男に彼が警戒を強める中、男は彼を見つめた。口元は笑っているが、その目は笑っていなかった。
「俺もそんな詳しくは知らないんだけど、呪いってさぁ、ドカンと一発で成功させることは難しいんだって。でも毎回呪いをかけようとするたびに恨みつらみが込められてるわけだから、それはじわじわと、少しずつ相手の体を侵食していくんだ」
「………」
……男の言葉に、彼の心臓は嫌な跳ね方をした。それもそのはずだ。身に覚えがあったのだから。
…散々彼を苦しめていたあの不調のことだ。
最初は奇妙な症状から始まり、それがたびたび続き、そして数日前…
数日前の夜に、彼は……
「結論を言うね」
動悸がしてきた彼に、男は冷酷に言い放った。
「裁判官の俺に知らせがあったんだ。君、もう人間じゃないでしょ?」
それは処刑宣告されたも同然だった。
裁判官の男は、呪われて狼憑きとなった彼を捕らえにきたのだ。
「…誰、から」
彼の思考は停まりそうになりながらも、なんとか言葉を絞り出す。
「…聞いた
呪いのことは、誰から、」
おそらく誰かが彼に呪いをかけ、「あの王子には狼が取り憑いている」と男に告発したのだろう。しかしそれが誰なのかが分からない。
敵国の者か、不満のある国民か、はたまた味方の裏切りか。
敵が多い彼はすべての人間を疑い始めていた。
「それはこっちの事情で教えてあげることはできないんだよね~。…とりあえずさ、移動しようか」
男はソファから立ち上がり、彼にジェスチャーで「こっちへ来て」と言うように扉を示した。
彼が動けずにいると、男は朗らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫、話を聞くだけだよ~。馬車があるからさ、それに乗ってくれる?」
すでに狼憑きだと確信しているにもかかわらず、話を聞くだけだと嘘をつく男は酷く狂気的に見えた。
…しかし、ここでは誰に話を聞かれるか分からない。
「……」
彼は男の後を黙ってついていくしかなかった。
道中 従者達から彼の格好やどこに行くのかという様々な声が上がっていたが、彼は「すぐに戻る」とだけ伝えて宮殿を出たのだった。
