怪物
……寝苦しい。
ある日の夜。彼は寝室のベッドに横になっていたが、いつまで経っても眠れずにいた。のっそりと体を起こし、苦しげに「……はあ…」と熱い息を吐く。
体調は相変わらず優れないままだ。以前と比べると体力も低下しているように感じた。そのため彼の弱った体は、謎の病原体の格好の餌食となって蝕まれているのだろう。今ではその病原体が彼の体内で王になりつつあるようなものだ。逆らいたくても逆らえないのだ。
「………」
…しかし、苦しくても朝は来る。
これくらいで落ちてはいけない。
彼は王として、国をよくしていかなくてはならない。
「……、」
喉の渇きを潤してから眠ろうと、彼は重い体に鞭打って少し離れた位置にあるブテイユへと歩みを進めた。
「…、…、…」
なんてことのない距離だが、ふらふらとした足取りで一歩一歩ゆっくりと進んでいた。…その途中、
「…ッ…!」
彼は地面へと倒れ込んだ。
足がもつれたからではない。彼も自分の体に何が起こっているのか分からなかった。
「は…ッ がはッ」
まるで体中の血が沸騰しているかのような痛みと熱さに襲われたのだ。
見開かれた彼の目は、闇夜の月のように光を放っていた。
「うぅ…ッ…ぐうぅッ…!」
今まで感じたことのない激痛に、彼は地面に爪を立てて悶える。ガリッガリッと床を激しく引っ掻く音が響いていた。…彼の爪は綺麗に切りそろえられていたのだが、床に無数の深い引っかき傷をつけたそれは凶器のように長く黒々としていた。
「う"う"ぅッ…」
ギリィッ…と食いしばる彼の歯は、獣が持っている牙のように鋭く尖っていた。強く唇を噛んでしまったことで血が滲み、赤く染まった牙から血が滴り落ちている。
今の彼の姿は、まるで狼に取り憑かれた人間、『狼憑き』のようだった。
「…はぁっ…はぁ……」
しかしいつの間にか山は通り越したのか、先ほどまでの異常な痛みや熱さはなくなりつつあった。
「……は…」
しばらくの間うずくまっていた彼は、呼吸を整えながらゆっくりと体を起こす。頭は貧血のようにまだクラクラとしていた。かなりの体力を持って行かれ、彼は座ったまま汗を拭うことしかできなかった。ボサボサに乱れた髪もそのままに、その場でぼーっと静かに佇む。
「 あの、先ほど、王子の部屋から何か声がしたような… 」
「 変な物音も聞こえましたよね…? 」
「 王子に何かあったのだろうか…行ってみよう 」
…遠くで話しているはずの従者の声が、彼の耳にははっきりと聞こえた。
「…なんだ、これは…?」
彼がふと自分の耳に触れてみると、そこには人間の丸い耳ではなく、柔らかな毛が生えた尖った耳があった。
混乱したのも束の間、その後すぐに多数のバタバタという足音がこちらに駆け寄ってくる音が聞こえた。先ほど話していた従者達のものだと分かった彼は、咄嗟に自身の長い髪で耳を隠す。
扉の向こうから、コンコン、とノック音がした。
「王子、どうかしましたか?」
「…いや、なんでもない。少し嫌な夢を見てしまっただけだ。驚かせてすまない」
彼を気遣う声に、冷静な声色で返す。実際は酷い顔色で病的に汗をかき、床に這いつくばっているとは思わないだろう。
…それに、今 扉を開けられてはいけない。胸騒ぎがしたのだ。
己の姿が、いつもの姿とは違うと、そう思えて。
彼の言葉に従者達は大事ではないと安心したようで、一言 声をかけてからすぐに扉の前からいなくなった。
……再び静かになった部屋で、彼はズル…ズル…と這うように鏡の前へと移動して覗き込む。
「──…」
細長い瞳孔、尖った牙、人間のではない耳。
まるで獣のような姿になった自分を、彼は受け入れることができなかった。
その夜は、今までで一番長く感じた。
ある日の夜。彼は寝室のベッドに横になっていたが、いつまで経っても眠れずにいた。のっそりと体を起こし、苦しげに「……はあ…」と熱い息を吐く。
体調は相変わらず優れないままだ。以前と比べると体力も低下しているように感じた。そのため彼の弱った体は、謎の病原体の格好の餌食となって蝕まれているのだろう。今ではその病原体が彼の体内で王になりつつあるようなものだ。逆らいたくても逆らえないのだ。
「………」
…しかし、苦しくても朝は来る。
これくらいで落ちてはいけない。
彼は王として、国をよくしていかなくてはならない。
「……、」
喉の渇きを潤してから眠ろうと、彼は重い体に鞭打って少し離れた位置にあるブテイユへと歩みを進めた。
「…、…、…」
なんてことのない距離だが、ふらふらとした足取りで一歩一歩ゆっくりと進んでいた。…その途中、
「…ッ…!」
彼は地面へと倒れ込んだ。
足がもつれたからではない。彼も自分の体に何が起こっているのか分からなかった。
「は…ッ がはッ」
まるで体中の血が沸騰しているかのような痛みと熱さに襲われたのだ。
見開かれた彼の目は、闇夜の月のように光を放っていた。
「うぅ…ッ…ぐうぅッ…!」
今まで感じたことのない激痛に、彼は地面に爪を立てて悶える。ガリッガリッと床を激しく引っ掻く音が響いていた。…彼の爪は綺麗に切りそろえられていたのだが、床に無数の深い引っかき傷をつけたそれは凶器のように長く黒々としていた。
「う"う"ぅッ…」
ギリィッ…と食いしばる彼の歯は、獣が持っている牙のように鋭く尖っていた。強く唇を噛んでしまったことで血が滲み、赤く染まった牙から血が滴り落ちている。
今の彼の姿は、まるで狼に取り憑かれた人間、『狼憑き』のようだった。
「…はぁっ…はぁ……」
しかしいつの間にか山は通り越したのか、先ほどまでの異常な痛みや熱さはなくなりつつあった。
「……は…」
しばらくの間うずくまっていた彼は、呼吸を整えながらゆっくりと体を起こす。頭は貧血のようにまだクラクラとしていた。かなりの体力を持って行かれ、彼は座ったまま汗を拭うことしかできなかった。ボサボサに乱れた髪もそのままに、その場でぼーっと静かに佇む。
「 あの、先ほど、王子の部屋から何か声がしたような… 」
「 変な物音も聞こえましたよね…? 」
「 王子に何かあったのだろうか…行ってみよう 」
…遠くで話しているはずの従者の声が、彼の耳にははっきりと聞こえた。
「…なんだ、これは…?」
彼がふと自分の耳に触れてみると、そこには人間の丸い耳ではなく、柔らかな毛が生えた尖った耳があった。
混乱したのも束の間、その後すぐに多数のバタバタという足音がこちらに駆け寄ってくる音が聞こえた。先ほど話していた従者達のものだと分かった彼は、咄嗟に自身の長い髪で耳を隠す。
扉の向こうから、コンコン、とノック音がした。
「王子、どうかしましたか?」
「…いや、なんでもない。少し嫌な夢を見てしまっただけだ。驚かせてすまない」
彼を気遣う声に、冷静な声色で返す。実際は酷い顔色で病的に汗をかき、床に這いつくばっているとは思わないだろう。
…それに、今 扉を開けられてはいけない。胸騒ぎがしたのだ。
己の姿が、いつもの姿とは違うと、そう思えて。
彼の言葉に従者達は大事ではないと安心したようで、一言 声をかけてからすぐに扉の前からいなくなった。
……再び静かになった部屋で、彼はズル…ズル…と這うように鏡の前へと移動して覗き込む。
「──…」
細長い瞳孔、尖った牙、人間のではない耳。
まるで獣のような姿になった自分を、彼は受け入れることができなかった。
その夜は、今までで一番長く感じた。
