怪物

…彼が王の代理となって半月ほど経った。

「…ああ。その国には今後も世話になる。よろしく伝えておいてくれ」

賢い彼は、何も問題なく王の代わりを務めていた。むしろ秀でているくらいだ。たった半月ではあるが、その仕事ぶりには誰もが目を見張っていた。
今まではわりと自由に街へと足を運んでいた彼も、代理となってからは宮殿の外へと出る機会もなくなっていた。そのため、あの少年や路地裏の者達への給仕は信頼できる別の従者へと口伝し引き継いでもらっていた。彼の金色に澄んだ目は、様々なことを見越すのに長けていた。
王の意識はまだ戻っていない。だが、きっともう目覚めることはない。真実を知る彼はそう確信していた。王が亡くなれば、今よりももっと慌ただしくなるだろう。彼はそれで起こる問題事も見越して、より一層 王としての仕事に精を出していた。

「王子、国民からこんな声が届いています」

「この政策にかかる資金はこれくらいかと。特に問題もなさそうです」

「王子、あんたが目をつけていた店の店主はやはり黒だ。他国の者と繋がりがあるそうだぜ。もう少し吐かせてみるよ」


「分かった。みな、よろしく頼む」


彼が指揮を執るこの国は、きっとこれから先 よい方向へと発展していくことだろう。

誰も不平不満のない素晴らしい国へ。



── そうなると思われていた。






「…う、っ…?」

「どうしました?王子」

ある日のこと。
体に得体の知れない感覚が走り、彼は小さく呻いた。

「……いや、なんでもない…」

声をかけてきた従者にそう伝えるが、その違和感は残ったままだ。ドックンドックンと鼓動が落ち着かない。ペンを持つ手が小刻みに震え出し、「はぁ…はぁっ…」と呼吸も荒くなっていった。
彼のただ事ではない様子に従者も焦りの色が見え始め、「医療に詳しい者をお呼びします!」と慌ただしく出て行こうとしたところで、

「…待て…」

彼は呼び止めた。…まだ少し顔色が悪いが、先ほどまでの異常な症状は治まったようだった。乱れた首元のジャボと呼吸を整えると、「…はあ」と息を吐いた。

「…驚かせてしまってすまない。もう大丈夫だ」

彼の言葉を聞き、従者はホッと胸をなで下ろした。

「ああ、よかった……王子もお疲れなのだと思います。今夜は早めにお休みください」

彼の体をいたわってくれる従者に、彼は「…ああ。そうしよう」と返し、その日は早めに仕事を切り上げたのだった。




…それから十数日過ぎたが、たびたび彼の体には奇妙な症状が現れていた。
動悸がして息苦しく、手の震えが止まらない。それに加え、吐き気や頭痛にも苦しめられていた。最初はただの疲労や風邪かと思っていたが、休養をとっても治る様子はなくどうすることもできない。今まで経験したことのない不調だった。…しかし、彼は今 国民や従者をまとめ上げる王の代理としてその玉座にいる。国をよくするために、自らの手を汚して父親から王座を奪い取ったのだ。だからたったひと月で退くわけにはいかない。彼は酷い倦怠感がある中でも、王としての役目を果たしていた。

「代理の王サマもよく頑張るこった」

「ああ。張り切りすぎて体を壊したかもしれないのにな」

彼の体調があまりよくないことに気付いている者もいた。その中には腐った連中もちらほらいて、不調の彼を嘲笑うような声も聞こえていた。

「……はあ」

気に留めないようにしながらも、人間の悪意ある言葉というのは細い針のようであって、しかしそれが何本にもなると刺すには充分な刃物へとなるものだった。体の不調で精神的にも参っている彼には、そのチクチクとした小言にもわずかな痛みを感じていた。

「………」

針で刺された箇所から微量の血を流しながらも、彼は目を瞑り ぐっと耐え目の前の仕事に集中するのだった。
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