怪物

それから数年が経ち、彼の背も少し伸びた頃。

「来い。近国にいるお前の許嫁に会いに行くぞ」

父親から唐突にそう告げられた彼は眉をひそめた。理由は一つだ。何故なら、自分に許嫁がいることなんて初耳だからである。
賢い彼は政略結婚というものの存在は知っていたが、自分には関係ないだろうとどこか他人事のように思っていた。しかし、水面下でいつの間にか話は進んでいたようだ。当人の感情や意思は全くもって必要ないらしい。

「早く来い。待たせてしまうと我らの国の印象が悪くなる」

…つくづくこの国の利益しか考えていないのだと、彼は実の父親にも冷めた感情を覚える。……いや、もうとっくに信頼というものは地に落ちているが。
黙ったまま動こうとしない彼に痺れを切らしたのか、父親がまた何かを口に出そうとしたその時、部屋のドアがコンコン、とノックされた。

「入れ」

「失礼します」

キィ、とドアを開けて入ってきたのは従者だった。

「何用だ?」

「はい、ご主人様。フィアンセのご家族様からなのですが…」

従者が言うには、今から向かおうとしていた近国の戦況があまりよろしくないらしく、安全とは言えないため、今回の顔合わせはなしにしてほしいとのことだった。
彼はその報告を寄越した近国の貴族達に感謝を述べたいところだったが、どうやら彼の父親はその考えには至らないようだ。

「本当か?近国の争いの話なんて聞いたことがない。まさか、我らの国を差し置いて別の国に婚約の話を持って行こうとしているわけじゃあるまいな?」

「事実かどうか調べろ」と従者に伝えると、従者は困惑した表情を見せながらも「はっ」と返事をして部屋を出て行くのだった。

「どうも信用ならんな。まあ争いが事実だとして、敗れて滅びたとしてもその程度の国というわけだ。むしろそのほうが都合いいがな」

くつくつと嗤う父親を前に、彼は腹の中が冷たくなっていった。

…この国も、同族も、父親も、もうどうしようもなく腐っているようだ。

近国の戦況が分からないなか、彼は会ったこともない許嫁とその家族の無事を密かに祈るのだった。
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