おおかみと一緒!

しとしとと雨が降るある日のことだ。
狼憑きと赤ずきんは、外に出ることなく家の中でゆったりと過ごしていた。つい先日 完成したオーブンで赤ずきんはキッシュを焼き上げ、先ほど二人はそれを食べ終えたばかりだった。お腹も心も満たされている穏やかな午後である。
外から聞こえてくる雨の音をのんびりと聞いていた赤ずきんは、ふと狼憑きを見て何かを思いついたようだった。

「あっ …ねえ おおかみ、よかったらさ」

「なんだ」

「…その口のやつ、貸してもらうことってできるかな?俺も一度つけてみたくて」

頬を染めて左目を輝かせながら、赤ずきんはそう狼憑きへと伝えた。その期待のこもった表情は、小さい頃から変わらない無邪気で可愛らしいものだった。
思えば、赤ずきんは口輪をつけた狼憑きを初めて見た時に、とてもテンションが上がっていた。声高らかに「自分もそれが似合う大人になりたい」と言っていたことも狼憑きは思い出した。
あれから数年経ち、成長した赤ずきんは今や青年と呼べる年齢と背格好になっていた。あの頃の赤ずきんには狼憑きがつけている口輪は大きすぎたのだが、今の赤ずきんなら大丈夫かもしれない。

「……ん」

狼憑きは自身がつけている口輪を外すと、赤ずきんへと手渡した。赤ずきんが求めるものなら何でも躊躇なく与えてしまうのだ。
口輪を差し出され、赤ずきんはぱあっと表情をさらに輝かせた。

「ありがとう!」

両手で丁寧に受け取ると、赤ずきんはまじまじと口輪を見つめた後に、わくわくとしながらベルトの部分を両の耳へとかけた。

「わあ…!」

小顔の赤ずきんには少し大きいようで、目元近くまで金具の部分で覆われはしたが、それでも何とか装着できた。意外とずっしりとくる重さだったが、赤ずきんは憧れの口輪をつけることができてとても嬉しそうだ。

「どうかな、おおかみ…!?」

狼憑きの方へと向いて、口輪をつけている自分はどう見えているか感想を求める。
赤ずきんはキラキラそわそわしていて可愛らしいのだが、それとは対照的な口輪の禍々しさもいっそう際立っていた。端から見れば、赤ずきんには不釣り合いなものである。
……ただ。

「……ふむ」

じっくり見ていた狼憑きは、悪くない、と思った。
…何故なら。

「…それをつけていれば、お前は誰のものにもならない」

「え?どういうこと??」

赤ずきんは青い目をぱちぱちとする。
…狼憑きが口輪をつける理由が自身の内にある人喰い狼への戒めなら、赤ずきんの場合は外にいる周りの者たちへの警めだ。
悪い狼はもちろんのこと、どこの馬の骨にも赤ずきんは渡さない。
口輪をつけていれば、赤ずきんが他の誰かからの愛を受け取ることはない。そして、赤ずきんが他の誰かに愛情を示すこともない。
……狼憑きのそんな独占的な考えなどはつゆ知らず、赤ずきんは首を傾げていた。

「う~ん。…よく分からないけど、俺はどこにも行かないよ?」

そう言って、にっこりと笑う。

「俺の居場所は、おおかみがいる所だからね!」

顔のほとんどが隠れていても、赤ずきんの笑顔は眩しかった。

「…ああ」

狼憑きは目を細めて、肯定するように頷いたのだった。

「…っていうか、おおかみすごいね…いっつもこんな重いのつけてるんだ。俺、もうそろそろ首が疲れてきちゃった…」

口輪をつけてまだ数分しか経っていないが、赤ずきんの首は早くも音を上げ始めたようである。

「……」

狼憑きはうなだれる赤ずきんに両の手を伸ばすと、耳にかけてあるベルトの部分をそっと外し口輪を取ってあげた。
顔の重みがなくなり、赤ずきんは気が抜けたようなふにゃ…とした表情で狼憑きを見上げた。

「あ~ありがと~~」

ふにゃふにゃと笑いかける赤ずきん。心から気を許している相手にしか見せないほうけた顔だ。

「………」

それを見て、狼憑きは口輪を手に持ったまま、赤ずきんへとぐっと顔を近付けた。

「…ん?なに??」

赤ずきんは不思議そうに狼憑きを見つめる。今は狼憑きも口輪をつけていないため、二人はキスでもできそうなほどの至近距離だ。…心なしか、狼憑きの目は少しだけギラギラとしている。

「……は…」

狼憑きがわずかに口を開いて尖った歯を覗かせたと同時に、

「わぁ~…おおかみって本当にかっこいいね…」

間近で狼憑きの顔を見ていた赤ずきんは、そう呟いたのだった。

「…、」

予想だにしなかった言葉に、狼憑きはぴた…と動きを止めた。赤ずきんは狼憑きの顔を分析しているかのように、顎に手を当てて真剣な表情で観察しているようだった。

「彫りが深いし、鼻も高いし……あ、よく見たらまつげも長い…」

ゼロ距離でもそういう雰囲気はまったくなく、鋭い目で じー…と見つめてくる赤ずきんを見つめ返していると、狼憑きははやる気持ちが落ち着き始め、だんだんと冷静になっていった。…つい噛みついてしまいそうになった口をそっと閉じて、赤ずきんへと静かに問いかける。

「…私の顔がそんなに物珍しいか。初めて見るものではないだろう」

「ふふ。そうなんだけど、小さい頃はこんな近くで見たことなくて。それに今は口のやつもしてるからさ、それがない状態ってご飯の時以外はなかなか見れないちょっと珍しいおおかみなんだよね」

赤ずきんはそう言って、またまじまじと狼憑きの顔を観察し始めた。

「……」

綺麗な顔と青い目を、狼憑きもじっと目で捕らえる。赤ずきんの寝顔はちょくちょく見つめているのだが、起きている赤ずきんをこれだけ間近で見るというのは、確かにあまりなかった。

「………」

狼憑きも、せっかくなのでこの機会に堪能しておくかと、赤ずきんに様々な想いがこもった熱視線を送り続けるのだった。






「雨、なかなか止まないね」

「ああ」

「…ふふふ。でも俺、雨は嫌いじゃないんだ。雨音を聞いてると落ち着くし、止んだ後は虹がかかることもあるからね」

「…私も、雨は嫌いではない」

「へー!おおかみも一緒なんだ!なんか嬉しいな」

「…そうか」


…雨が降っている間は、赤ずきんは家の外に出たがらない。

雨は赤ずきんをこの家へと閉じ込めておいてくれるのだ。

だから狼憑きは、雨に対して嫌悪感がない。



狼憑きの世界には、赤ずきんしかいない。
だから赤ずきんがいなくなれば、世界も、そして狼憑きも、いなくなるのだろう。
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