狼憑きと赤ずきんの話

翌朝。
狼憑きが眩しい朝日を浴びて苛ついていたところ、離れた場所で眠っていた赤ずきんが目を覚ました。薄く開いた目で狼憑きを見ると、「…えへへ、おはよぉ」と寝起きのぽわぽわとした笑顔を向けていた。
狼憑きは返事を返すことなく顔を背けるが、その後すぐに「あいたた…」という声が聞こえ、再びチラリと赤ずきんのほうに目を向けた。見てみると、赤ずきんは少しだけ体を起き上がらせた状態で固まっていた。

「あはは…体がバキバキだぁ…」

そう言って困ったように笑いながら、ゆっくりと起き上がっていた。やはりベッドの上で寝るのと地面の上で寝るのとでは雲泥の差だったようだ。赤ずきんは首や腰が痛むのか、その箇所を自分の手でさすっていた。
しかし狼憑きはそんな赤ずきんを見ても特に何もせず、すっと立ち上がった。「!」となった赤ずきんは狼憑きがもう旅立つと思ったようで、体が痛むにもかかわらず急いで持ち物を整理しながらこの洞窟を出る準備を進めていた。子供相手にも気遣いなんてしない狼憑きだが、赤ずきんは一つも文句を言うことはなかった。

洞窟を出ると、狼憑きはまた森の中を進んでいった。バスケットを持った赤ずきんは痛む箇所をかばうように歩きながらその後に続く。
少し歩くと、綺麗な小川が見えた。

「…あっ!おおかみ、ちょっと待って」

赤ずきんの呼びかけに、狼憑きはぴた…と足を止めた。後ろを見ると、赤ずきんは苦笑いのような笑顔を浮かべて控えめに小川を指さしていた。

「お顔…洗ってもいいかな?それと、朝ご飯…」

「……はぁ」

狼憑きはため息をつきながらも、「早く済ませろ」という顔で小川のほうを示した。

「! ありがとうっ」

赤ずきんはあせあせっと笑い、小川へとぱたぱた走って行った。狼憑きも面倒くさそうに、ゆっくりと小川のほうへと歩いて行った。

赤ずきんは小川の綺麗な水でパシャパシャと顔を洗った後に、バスケットの中から木の実やベリーを取り出していた。それを水へと浸して軽くゆすぐと、ぱくりと口へ放り込んだ。相変わらず粗末な朝食を食べている赤ずきんに、狼憑きは冷めた目を向けていた。

「おおかみも食べる?」

「…何度言えば分かるんだ。いらないと言っているだろ」

「そっかぁ。…おおかみが何かを食べてるところ、見たことないなぁ」

もぐもぐと咀嚼しながら、赤ずきんはそう呟いていた。その呟きは耳のいい狼憑きにも聞こえていた。
生憎つい最近 " 餌 " を喰ったばかりであるから、腹は空いていないのだ。あとひと月は何も喰わなくても平気だった。
赤ずきんはそんな狼憑きを怪しく思ったのだろうか。少しでもその正体を疑っているようならすぐにでも始末してやる、と狼憑きは目を光らせるが…

「もしかして…反対に何も食べないことで、お腹が空いた体が『これではダメだ。強くなろう、強くなろう』って思って、おおかみみたいに大きくなれるのかな…?!」

「……何を言っている」

変なことを口走った赤ずきんに、狼憑きは呆れたような目を向けた。

「それならおれも、お腹が空いても何も食べないでいたら、いつかはおおかみみたいなかっこいい大人に…!」

赤ずきんはそう言って手に持ったベリーを放り投げようとしていたが、やはり腹が空いているのか、じっと見た後にまたぱくりと口に入れていた。

「ああ、食べちゃった…でも美味しい」

「………」

子供の戯れ言というのは意味が分からないと、狼憑きは思い知らされるのだった。


赤ずきんの朝食を済ませると、ふたりは再び森の中を歩き始めた。
そこでふと赤ずきんは狼憑きにたずねる。

「ねえねえ、どこに向かってるの?」

行き先も分からずについてきていたようだが、狼憑きも正直に言うと行き先は決まっていない。これまでもずっとそうだったのだ。事件を起こした場所からできるだけ離れ、また腹が減ったら人を襲い、またその場所から離れる。ずっとこれの繰り返しだった。その間は森に身を隠したり、廃村を見つけてそこに潜んだり、まれに街中にある宿に客として泊まったこともあった。被害者から奪い取った金を何食わぬ顔で宿代として払って。
そんな惨い行いをしながら生きてきたのだ。自分は永遠に死ぬことはないが、もしこの命が尽きる時がくれば、ろくな死に方はしないだろう。狼憑きは皮肉にもそう思っていた。
赤ずきんからの問いかけに答えないでいると、赤ずきんは「…そっか…うんうん」と謎に一人で頷いていた。

「行き先なんてないんだよね…たとえ世界の果てにたどり着いたとしても、そこはゴールじゃない……ゴールなんてないんだ…!」

キラキラと目を輝かせて一人で盛り上がっていたが、狼憑きは相手をするのも面倒なため無視を決め込んでいた。
そんな調子で、一日、二日…と狼憑きと赤ずきんは共に旅を続けていたのだった。
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