狼憑きと赤ずきんの話

翌朝。

「…さて、一つ目の小屋巡りは済んだから、次は二つ目の小屋に行ってみようか」

「ああ」

赤ずきんの言葉に、狼憑きも頷いた。
次に目指すは、狼憑きと赤ずきんが初めて会った小屋だ。すなわち赤ずきんが子供の頃に一人で暮らしていた小屋である。ここから少し距離があるため、二人は数日かけてその場所を目指すことにした。
大きくなった赤ずきんはその小屋がどうなっているのかわくわくしながらも、狼憑きが言っていたように跡形もなくなっていないかドキドキもしていた。




「ああ…なんとなくだけど、ここら辺 見覚えがある」

途中、小さな町に寄ったり、久方ぶりに洞窟で一夜を明かしながら、狼憑きと赤ずきんは最初の小屋があった森へとやって来た。赤ずきんは幼い頃の記憶をぼんやりと思い出しながら、森の中を歩いていた。狼憑きも、数年前の事件の後に人目を避けるためにこの森へと入ったことを思い出していた。あれが人喰い狼として起こした最後の事件である。
二人は森の様子を見ながら、奥へと進んでいた。


やがて午後へと差し掛かった頃、向かいから誰かがこちらへ歩いてくるのが見えた。その人物は肩に斧を担いでいることから、この森で樹木を伐採している木こりに思えた。

「あっ、おおかみ、あの人この森に詳しいかも。この先に小屋があるかどうか聞いてみようよ」

狼憑きも小屋の場所は定かではなく、確かこちらのほうだった、くらいの曖昧な記憶だった。赤ずきんからの提案に、狼憑きは仕方なく頷いた。
木こりの男との距離が近付いて来た時に、赤ずきんは愛想がいい笑顔を浮かべながら声をかけた。

「こんにちは。すみません、ちょっと聞きたいことが…」

…すると男は立ち止まって「……?」という顔でじっ…と赤ずきんを見ていた。
狼憑きはその男の表情を不審に思う。声をかけられて首を傾げているというよりは、赤ずきんを見て何かを考えているかのようだったのだ。
赤ずきんは変わらず笑顔で男にたずねる。

「この先に小さな小屋ってありますか?それを探してて」

「小屋………っ!?」

男は赤ずきんの言葉で何かを思い出したようで、驚いたように目を見開いた。

「その目…!まさかお前…!?」

「えっ?」

…狼憑きは鋭く目を光らせた。
この男は、赤ずきんのことを知っている様子だったのだ。
横をすり抜けて走り出そうとする男を、狼憑きは「逃がすまい」と大きな手で服を掴んで捕らえた。

「ぐっ!?…おいっ!!離せっ!!」

ガラン…と、男が担いでいた斧が地面に落ちた。
激しく抵抗している男を、狼憑きはぐっと地面に押さえ付ける。

「あっ…おおかみ、乱暴なことは…」

まだ状況が理解できていない赤ずきんが焦る中、狼憑きは男へと問い詰めた。

「お前は何だ。何故こいつのことを知っている」

低く無機質なその声は、酷く冷たいものだった。正直に言わなければ、躊躇なく腕どころか頭の骨すら折ってきそうなほどだった。
男が不満げにうめくと、狼憑きは長い爪を男の首に食い込ませた。

「ひぃっ!!やめろっ…!!言うからッ…!!」

怯えた男は、知っていることを話し始めた。

狼憑きと赤ずきんは、それで真実を聞くことになるのだった。




…まだ幼い赤ずきんが一人で住んでいた小屋というのは、赤ずきんが自ら望んで住んでいるわけではなかった。
というのも、赤ずきんはこの近くの村で産まれたが、その時から邪視を持っていたため、両親からも村人からも忌み子と呼ばれ恐れられていた。その呪われた右目が村にどんな災いをもたらすのか分からず、それにもし赤ずきんを殺してしまったら何かの祟りでもあるのではないかと噂され、まだ喋れもしないうちから、赤ずきんは村人たち全員に冷ややかな目を向けられ愛情なんてものは与えられずに育てられたのだった。
そんな中、この小さな村にも街で噂になっている人喰い狼の噂が流れてきたのだ。
そこで村の誰かが言った。

「その人喰い狼に邪視を喰わせて、狼共々倒せばいいのではないか」と。

要するに、呪いに呪いをぶつけて結果両方とも消滅させようという目論みだった。この意見に反対する者はいなかった。
村人たちは赤ずきんの年齢がまだ二桁にもなっていない頃から、森での食料調達や簡単な料理方法を教え込んだ。そしてある程度 経った頃に、赤ずきんをあの小屋へと放り込んだのだった。森の中でも目立つよう、赤いずきんを頭へと被せて。
赤ずきん自身には、人喰い狼の餌だということは伝えていなかった。怪物に喰われることを恐れて逃げ出さないようにするためだ。ちゃんと餌としての役割を果たしてもらわなければ、と。
運が良ければ人喰い狼があの小屋を見つけ、中にいる赤ずきんを襲い喰らって両方とも滅んだ末に自分たちの世界に平和が訪れるように、と願って。
それからしばらくの間、村人たちは赤ずきんがまだいるかちょくちょく見に行きはするが、接触はしなかった。
…そんなある日、ついに赤ずきんは小屋から姿を消した。
小屋が荒らされた痕跡や血液が飛び散った様子はなかったが、それからは街でも人喰い狼の目撃情報や被害はぱたりと途絶えたと聞いた。
村人たちは、作戦がうまくいったのだと喜び合ったのだった。

……それから数年後の今。男は死んだと思っていた赤ずきんが実は生きていたので、酷く驚いていたようだ。右目に包帯を巻いて赤いずきんを被った人物なんて、探してもそうそう見つかりはしない。だからこいつはあの時の餌だと確信し、村人たちに知らせようとしたとのことだった。

「…そういえば、色んな人から森での生活の仕方を教えてもらったことがある…」

赤ずきんは男の話を聞き、昔を思い返していた。

「………」

狼憑きは、赤ずきんは自分を殺すために村人が森へと放った存在なのだとこの時 初めて知ったのだった。
やはりあの時喰わないで正解だったと思ったと同時に…この男含む赤ずきんの故郷の人間どもの醜さに、酷く嫌悪した。
そんな扱いを受けながらも、赤ずきんが穏やかで優しい青年に育ったのは彼の元々の性格なのだろう。
…現に今も。

「…ああ…そうだったんだ…役に立てなくてごめんなさい……でも、人喰い狼も、もう悪さはしなくなって…」

自分だけを傷付けて、他の存在をとても大切にできる優しい心の持ち主なのだ。

…それよりも

「俺たちが怪物に怯えている中、お前はのこのこと男と旅なんかしやがって…!この役立たずがっ!!」

目の前で騒いでいるこの人間のほうが、見た目も中身もよっぽど醜いじゃないか。

「…黙れ」

狼憑きは

赤ずきんと男の目の前で、大きな狼の姿へと変わった。

「ひぃッ!!?」

「え……おお…かみ…?」

悲鳴を上げる男。目を見開く赤ずきん。

狼憑きは男を睨み付けると…口輪が外れた大きな口で、うるさい " それ " を噛み殺したのだった。
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