狼憑きと赤ずきんの話
翌朝。宿を出た狼憑きと赤ずきんは、山奥の小屋を目指した。
その道中には、あの頃と変わらないたくさんの豊かな山の恵みが息吹いていた。今の季節には、高級なきのこも採り放題である。赤ずきんは食材に使えそうなきのこを少しだけ収穫しつつ、二人は夕暮れ時に目的地である山小屋へとやって来た。
「うわー!ここも懐かしいなあ」
赤ずきんにとって、ここは料理の革命が起きた小屋だった。料理道具を知って、火を使って、狩猟をして、そして狼憑きに初めて手料理を振る舞って。とても思い出深い場所だ。そしてそれは狼憑きも同じだった。ここで赤ずきんの邪視のことを知り、赤ずきんが作った料理を食べ、人を喰わなくなり人喰い狼の顔も消えた。思えば狼憑きの生き方が大きく変わった場所だ。いや、場所というよりも赤ずきんの存在のほうが大きかったが。
あの頃より外壁は少し汚れてはいたものの、綺麗にすればまだ住むことだってできそうである。赤ずきんは扉に手をかけて、中の様子も覗いてみた。
「……おぉ…!数年間ほったらかしにされてたにしては、綺麗だね…?」
赤ずきんの言葉を聞いて、狼憑きも中を覗いてみる。確かに少し埃っぽいものの、家具も料理道具も数年間放って置いたにしては汚れが目立つことはなかった。
「…はっ!マッチ!マッチはどうだろう…!?」
この小屋で一番気になるその問題を探りに、赤ずきんは小屋の中へと入っていった。ぱたぱたと暖炉の近くへと駆け寄る。
「…ああー!おおかみ、マッチが!マッチが補充されてるよ!」
狼憑きが自ら確認する必要はなく、赤ずきんに大きめの声でそう報告された。やはりこの小屋には管理人がいたようだ。すっからかんだった小屋のマッチ置き場には、数ヶ月は生活できそうなほどのマッチが補充されていたのだ。赤ずきんが大量に購入したマッチは必要なかったようだ。
「そら、言った通りだろう」
狼憑きは静かに赤ずきんへと告げた。
「本当だね……管理人さんも、あのたくさんあったマッチ全部を一人が使い切ったとは思ってないだろうな……ごめんなさい…」
赤ずきんはそう言って、旅の前に購入して持ってきた大量のマッチをバスケットの中から取り出し、補充されていたマッチの横に積み重ねた。合わせると凄まじい量になり、まるで店の品物のようである。
「でもこれだけあれば…次にここに泊まる旅人さんたちも長居できるはずだよね…!」
優しい赤ずきんは己の買い損を嘆くことなく、一生会うこともないであろう他人の快適な生活を望んでいたのだった。
その日はその小屋で寝泊まりすることにした二人は、この小屋での昔の思い出に浸っていた。
「おおかみの定位置がここで、俺はここだったよね」
あの頃のようにそれぞれの定位置の椅子に座って、のんびりと話を続けていた。成長した赤ずきんは、同じ椅子に座ってもあの頃のようにもう足が少し浮くことはなかった。
「おおかみは何かある?ここで印象に残ってること」
「…お前が野鳥の狩猟をして、私にその料理を振る舞ったこと」
「ああ、あったね!えへへ。あの時は頑張っちゃった」
赤ずきんは苦笑いを浮かべて、頬をかいていた。
狼憑きは、あの時食べた料理の味が忘れずにいた。呪われた体になって、初めて人以外を食ったのだから、狼憑きにとってもあの料理は革命的だったのだ。この先もその経験や味を忘れることはないだろう。
…そして、ここでの出来事といえばもう一つ。
「…それと、お前のその右目のこと」
「ああ…その話をしたのもこの小屋だったね」
風呂場で赤ずきんが右目の邪視を潰しているところに遭遇したのだ。遭遇というよりかは、狼憑きが押し入ったのだが。
あの真っ赤な血が流れていた風呂場の光景も、その時の匂いも、心臓が焦ったように激しく動いたことも、なかなか忘れることはできないものだった。
狼憑きは赤ずきんに自分が呪われていることは今も伝えていないが、赤ずきんもあの時は狼憑きに邪視のことは伝えずに一人で潰していたのだ。狼を体に宿していなければ、匂いで気付くこともできなかったかもしれない。その点に関しては、自分は狼憑きの呪われた体でよかったと今になっては思っていた。
きっとこれから先も、自分が狼憑きであること、そしてあの人喰い狼であることを、赤ずきんに伝えることはおそらくないだろう。
それで今の関係が崩れてしまうなら、ずっと胸の内に秘めておくべきだと、狼憑きは思うのだった。
その後ひとしきり昔話に花を咲かせた後、食事と風呂を済ませた二人は、懐かしの小屋で眠りについたのだった。
その道中には、あの頃と変わらないたくさんの豊かな山の恵みが息吹いていた。今の季節には、高級なきのこも採り放題である。赤ずきんは食材に使えそうなきのこを少しだけ収穫しつつ、二人は夕暮れ時に目的地である山小屋へとやって来た。
「うわー!ここも懐かしいなあ」
赤ずきんにとって、ここは料理の革命が起きた小屋だった。料理道具を知って、火を使って、狩猟をして、そして狼憑きに初めて手料理を振る舞って。とても思い出深い場所だ。そしてそれは狼憑きも同じだった。ここで赤ずきんの邪視のことを知り、赤ずきんが作った料理を食べ、人を喰わなくなり人喰い狼の顔も消えた。思えば狼憑きの生き方が大きく変わった場所だ。いや、場所というよりも赤ずきんの存在のほうが大きかったが。
あの頃より外壁は少し汚れてはいたものの、綺麗にすればまだ住むことだってできそうである。赤ずきんは扉に手をかけて、中の様子も覗いてみた。
「……おぉ…!数年間ほったらかしにされてたにしては、綺麗だね…?」
赤ずきんの言葉を聞いて、狼憑きも中を覗いてみる。確かに少し埃っぽいものの、家具も料理道具も数年間放って置いたにしては汚れが目立つことはなかった。
「…はっ!マッチ!マッチはどうだろう…!?」
この小屋で一番気になるその問題を探りに、赤ずきんは小屋の中へと入っていった。ぱたぱたと暖炉の近くへと駆け寄る。
「…ああー!おおかみ、マッチが!マッチが補充されてるよ!」
狼憑きが自ら確認する必要はなく、赤ずきんに大きめの声でそう報告された。やはりこの小屋には管理人がいたようだ。すっからかんだった小屋のマッチ置き場には、数ヶ月は生活できそうなほどのマッチが補充されていたのだ。赤ずきんが大量に購入したマッチは必要なかったようだ。
「そら、言った通りだろう」
狼憑きは静かに赤ずきんへと告げた。
「本当だね……管理人さんも、あのたくさんあったマッチ全部を一人が使い切ったとは思ってないだろうな……ごめんなさい…」
赤ずきんはそう言って、旅の前に購入して持ってきた大量のマッチをバスケットの中から取り出し、補充されていたマッチの横に積み重ねた。合わせると凄まじい量になり、まるで店の品物のようである。
「でもこれだけあれば…次にここに泊まる旅人さんたちも長居できるはずだよね…!」
優しい赤ずきんは己の買い損を嘆くことなく、一生会うこともないであろう他人の快適な生活を望んでいたのだった。
その日はその小屋で寝泊まりすることにした二人は、この小屋での昔の思い出に浸っていた。
「おおかみの定位置がここで、俺はここだったよね」
あの頃のようにそれぞれの定位置の椅子に座って、のんびりと話を続けていた。成長した赤ずきんは、同じ椅子に座ってもあの頃のようにもう足が少し浮くことはなかった。
「おおかみは何かある?ここで印象に残ってること」
「…お前が野鳥の狩猟をして、私にその料理を振る舞ったこと」
「ああ、あったね!えへへ。あの時は頑張っちゃった」
赤ずきんは苦笑いを浮かべて、頬をかいていた。
狼憑きは、あの時食べた料理の味が忘れずにいた。呪われた体になって、初めて人以外を食ったのだから、狼憑きにとってもあの料理は革命的だったのだ。この先もその経験や味を忘れることはないだろう。
…そして、ここでの出来事といえばもう一つ。
「…それと、お前のその右目のこと」
「ああ…その話をしたのもこの小屋だったね」
風呂場で赤ずきんが右目の邪視を潰しているところに遭遇したのだ。遭遇というよりかは、狼憑きが押し入ったのだが。
あの真っ赤な血が流れていた風呂場の光景も、その時の匂いも、心臓が焦ったように激しく動いたことも、なかなか忘れることはできないものだった。
狼憑きは赤ずきんに自分が呪われていることは今も伝えていないが、赤ずきんもあの時は狼憑きに邪視のことは伝えずに一人で潰していたのだ。狼を体に宿していなければ、匂いで気付くこともできなかったかもしれない。その点に関しては、自分は狼憑きの呪われた体でよかったと今になっては思っていた。
きっとこれから先も、自分が狼憑きであること、そしてあの人喰い狼であることを、赤ずきんに伝えることはおそらくないだろう。
それで今の関係が崩れてしまうなら、ずっと胸の内に秘めておくべきだと、狼憑きは思うのだった。
その後ひとしきり昔話に花を咲かせた後、食事と風呂を済ませた二人は、懐かしの小屋で眠りについたのだった。