狼憑きと赤ずきんの話
翌朝。
「よし。じゃあ、おおかみ。行こうか!」
「ああ」
昨夜のうちに旅の準備を終わらせた二人は街を出て、まずは食材の宝庫だった山にある山小屋を目指した。そこで使い果たしたマッチを補充するため、赤ずきんは大量のマッチを購入していた。これらすべて赤ずきんが稼いだ金で購入したものである。購入前に狼憑きは「すでに管理人が補充していたらすべて無駄になるぞ」と厳しい言葉をかけていたが、赤ずきんは「それでも構わないよ。多くあるに越したことはないから。俺もたくさん使ったけど、マッチはいくらあってもいいからね」と返していた。見知らぬ誰かのためにも、赤ずきんは思いやりの心を忘れないのだ。
狼憑きと赤ずきんは二日ほどで目的地である山の近くまでやって来ると、赤ずきんはふと、ある家のことを思い出した。
「あっ!そういえば、この辺りにおばあちゃんが住んでたよね。おおかみ、覚えてる?俺に料理を教えてくれたおばあちゃん!」
そう言われて、狼憑きはうっすらとした記憶だが思い出せた。冬の間だけ家に住まわせてくれた老女のことだ。確かにこの近くにあったはずだ。
「おばあちゃん、元気かな?ちょっと会いに行ってみない?」
「…ああ。別に構わないが」
赤ずきんは懐かしさにわくわくとしていたが、狼憑きは年も年なのであの老女がまだ生きているのかどうかは分からなかった。しかし、赤ずきんの前でそのことを口に出すことはなかった。
二人は昔の記憶を頼りに、老女が住んでいた家へと行ってみた。すると、見覚えのある懐かしいその家を見つけることができた。
「わー!ここだったよね!懐かしいなあ…」
赤ずきんは昔を思い出しているのか、じーん…としながらその家を見つめていた。そして少しの間 思い出に浸った後、家の扉の前へと移動し、コンコン、とノックをした。
…するとやがて、その扉が開かれた。赤ずきんはにこにこと笑顔を浮かべていたが、中から出てきたのは老女ではなく、中年くらいの女性だった。
「…あれ?」
赤ずきんは目を丸くし、出てきた知らない女性を見て首を傾げる。あちらも来訪者である狼憑きと赤ずきんを知らないので、首を傾げていた。
「えっとぉ…どちら様ですか?」
「あっ、えっと、ここに住んでたおばあちゃんに昔お世話になった者です。久しぶりに近くまで来たので、おばあちゃんは元気にしてるかなあと思って…」
「ああ!そうなんですか!私はその人の親戚です。…実はそのおばあちゃん、もう一年ほど前に亡くなってしまっていて…」
「…え?」
「もう年だったので……今は私がちょくちょくここに来て、整理整頓をしてるんですよ」
「……そうだったんですか…」
赤ずきんは呆然と立ち尽くしていた。
「…ああ、もしかして」
狼憑きと赤ずきんを交互に見ていた女性は、点と点が繋がったかのように胸元でポンと手を叩いた。二人して「…?」となっていると、女性は懐かしむように穏やかに話し始めた。
「おばあちゃん、亡くなる前にずっと言ってたんですよ。二人の旅人さんがここへ帰ってくるまでは生きてなくちゃ、『おかえり』って言ってあげなくちゃ、って。私は何のことだろうと思ってたんですけど……そっか。貴方たちのことだったんですね」
「…おばあちゃん……」
微笑みながら教えてくれた女性の話を聞いて、赤ずきんは胸が熱くなった。
うるうると潤みだした瞳で家の中を見つめると、老女を想って言葉を紡いだのだった。
「…ありがとう、おばあちゃん。ずっと待っててくれて。…ただいま」
美しい笑顔を赤ずきんは見せていた。
…狼憑きは何も言わなかったが、親切にしてくれたあの老女の安らかな眠りを祈ったのだった。
老女の親戚の女性に別れを告げた狼憑きと赤ずきんは、今晩泊まる宿へと来ていた。赤ずきんは床に座り、ぼー…としていた。どうやら老女との思い出や老女の死に耽っているようだった。
「…おばあちゃん、亡くなってたんだ。もっと早く会いに行けばよかったなあ…」
思い出してまたうるうると瞳を潤ませていた。…しかし、涙はこぼさないように腕でごしごしと左目を拭っていた。
「…おばあちゃん、言ってたよね。もっと色んな世界が俺たちを待ってるって。…いつか俺もおばあちゃんのところへ逝っておばあちゃんに会えたら、色んな旅の話をしてあげたいな。だからそれまで、色んな世界を見ておかなくちゃ!」
赤ずきんはそう言って、両手で握りこぶしを作り気合いを入れていた。
どこまでも強く優しい赤ずきんだ。
狼憑きはじっと見つめていた。
…この赤ずきんにもいつかは死が訪れる。……しかし、私には訪れない。
もし赤ずきんとの別れの時が来れば、私はどうすればいい。
不死である私は、どうやって死ねばいい。
そんな歪んだ想いを目の前の赤ずきんに向けながら。
「よし。じゃあ、おおかみ。行こうか!」
「ああ」
昨夜のうちに旅の準備を終わらせた二人は街を出て、まずは食材の宝庫だった山にある山小屋を目指した。そこで使い果たしたマッチを補充するため、赤ずきんは大量のマッチを購入していた。これらすべて赤ずきんが稼いだ金で購入したものである。購入前に狼憑きは「すでに管理人が補充していたらすべて無駄になるぞ」と厳しい言葉をかけていたが、赤ずきんは「それでも構わないよ。多くあるに越したことはないから。俺もたくさん使ったけど、マッチはいくらあってもいいからね」と返していた。見知らぬ誰かのためにも、赤ずきんは思いやりの心を忘れないのだ。
狼憑きと赤ずきんは二日ほどで目的地である山の近くまでやって来ると、赤ずきんはふと、ある家のことを思い出した。
「あっ!そういえば、この辺りにおばあちゃんが住んでたよね。おおかみ、覚えてる?俺に料理を教えてくれたおばあちゃん!」
そう言われて、狼憑きはうっすらとした記憶だが思い出せた。冬の間だけ家に住まわせてくれた老女のことだ。確かにこの近くにあったはずだ。
「おばあちゃん、元気かな?ちょっと会いに行ってみない?」
「…ああ。別に構わないが」
赤ずきんは懐かしさにわくわくとしていたが、狼憑きは年も年なのであの老女がまだ生きているのかどうかは分からなかった。しかし、赤ずきんの前でそのことを口に出すことはなかった。
二人は昔の記憶を頼りに、老女が住んでいた家へと行ってみた。すると、見覚えのある懐かしいその家を見つけることができた。
「わー!ここだったよね!懐かしいなあ…」
赤ずきんは昔を思い出しているのか、じーん…としながらその家を見つめていた。そして少しの間 思い出に浸った後、家の扉の前へと移動し、コンコン、とノックをした。
…するとやがて、その扉が開かれた。赤ずきんはにこにこと笑顔を浮かべていたが、中から出てきたのは老女ではなく、中年くらいの女性だった。
「…あれ?」
赤ずきんは目を丸くし、出てきた知らない女性を見て首を傾げる。あちらも来訪者である狼憑きと赤ずきんを知らないので、首を傾げていた。
「えっとぉ…どちら様ですか?」
「あっ、えっと、ここに住んでたおばあちゃんに昔お世話になった者です。久しぶりに近くまで来たので、おばあちゃんは元気にしてるかなあと思って…」
「ああ!そうなんですか!私はその人の親戚です。…実はそのおばあちゃん、もう一年ほど前に亡くなってしまっていて…」
「…え?」
「もう年だったので……今は私がちょくちょくここに来て、整理整頓をしてるんですよ」
「……そうだったんですか…」
赤ずきんは呆然と立ち尽くしていた。
「…ああ、もしかして」
狼憑きと赤ずきんを交互に見ていた女性は、点と点が繋がったかのように胸元でポンと手を叩いた。二人して「…?」となっていると、女性は懐かしむように穏やかに話し始めた。
「おばあちゃん、亡くなる前にずっと言ってたんですよ。二人の旅人さんがここへ帰ってくるまでは生きてなくちゃ、『おかえり』って言ってあげなくちゃ、って。私は何のことだろうと思ってたんですけど……そっか。貴方たちのことだったんですね」
「…おばあちゃん……」
微笑みながら教えてくれた女性の話を聞いて、赤ずきんは胸が熱くなった。
うるうると潤みだした瞳で家の中を見つめると、老女を想って言葉を紡いだのだった。
「…ありがとう、おばあちゃん。ずっと待っててくれて。…ただいま」
美しい笑顔を赤ずきんは見せていた。
…狼憑きは何も言わなかったが、親切にしてくれたあの老女の安らかな眠りを祈ったのだった。
老女の親戚の女性に別れを告げた狼憑きと赤ずきんは、今晩泊まる宿へと来ていた。赤ずきんは床に座り、ぼー…としていた。どうやら老女との思い出や老女の死に耽っているようだった。
「…おばあちゃん、亡くなってたんだ。もっと早く会いに行けばよかったなあ…」
思い出してまたうるうると瞳を潤ませていた。…しかし、涙はこぼさないように腕でごしごしと左目を拭っていた。
「…おばあちゃん、言ってたよね。もっと色んな世界が俺たちを待ってるって。…いつか俺もおばあちゃんのところへ逝っておばあちゃんに会えたら、色んな旅の話をしてあげたいな。だからそれまで、色んな世界を見ておかなくちゃ!」
赤ずきんはそう言って、両手で握りこぶしを作り気合いを入れていた。
どこまでも強く優しい赤ずきんだ。
狼憑きはじっと見つめていた。
…この赤ずきんにもいつかは死が訪れる。……しかし、私には訪れない。
もし赤ずきんとの別れの時が来れば、私はどうすればいい。
不死である私は、どうやって死ねばいい。
そんな歪んだ想いを目の前の赤ずきんに向けながら。