狼憑きと赤ずきんの話

狼憑きの心が少し荒れた夜が明けて、翌日の昼。
待ちに待った大工からの連絡が届いた。狼憑きと赤ずきんは宿屋から立ち去る準備を済ませ、約二週間ぶりに家へと帰ることができた。
帰っている道中はわくわくとしていた赤ずきんだが、いざ家の前までやって来ると今度はそわそわとし出した。扉を開ければ夢にまで見たオーブンがあるのかと思うと、嬉しいを通り越して緊張に行き着いたようだった。

「ああ、どうしよう…っ なんかドキドキしてきたッ…」

胸に手を当てて、気持ちを落ち着かせるように深呼吸を繰り返している。表情がころころと変わって見ていて飽きない赤ずきんを狼憑きはじー…と見ていた。

「ふう……よしっ」

意を決した赤ずきんは、震える手で家の扉を開いた。

「…う、わぁッ…!!」

目の前に飛び込んできた光景に、赤ずきんは悲鳴にも似た歓声を上げる。
半円形にくり抜かれた壁の中は、まるでパン屋にある石窯のように施工されていた。他にもサービスのように、食品を出し入れする際に使う調理器具のピールや灰かき棒や薪もすでに用意されているようだった。材料さえあれば、すぐにこのオーブンを利用できそうである。
赤ずきんは感動でぷるぷると震えながら、ひとまず最初はお試しでパンでも焼こうかと思い狼憑きを連れて材料の買い出しに急ぐのだった。



ふたりで帰ってくると、赤ずきんはパン屋に頼んで石窯を使用させてもらった際の経験を思い出しながら、自宅のオーブンに火を灯した。中が充分に加熱されるまで待つと、記念すべき一投目のパンをピールで入れて慎重に焼き始める。均一に熱が当たるように少しずつずらしながら調整していた。

「…おおかみ、俺 今、夢でも見てるのかな」

「何を言っている。現実だ。火を扱っている時にぼーっとするな」

そう注意しながらも、狼憑きは嬉しさが最高潮に到達している赤ずきんを静かに眺めていた。炎に照らされている瞳が、キラキラと美しく輝いている。その顔を見られただけでも、狼憑きの心は満足だった。

十数分焼いた後にオーブンから取り出してみると、パンは香ばしい匂いを放ちふっくらと美味しそうに焼けていた。初めて一人で焼いたにしては上出来だった。
買い出しの際に「今夜の夜ご飯はパンにしよう」と決めていたので、赤ずきんは最初に焼き上げたパンを皿に移して狼憑きへと渡した。記念に半分こにして一緒に食べればいいのだが、オーブンがまだ熱いうちに焼き上げたほうがいい上に赤ずきんはパンを焼くのが楽しくて止められないらしい。

「おおかみ、先に食べてて。俺はまだまだパンを焼きたい!」

そう言って、二投目、三投目、と次々にパンをオーブンで焼き上げていた。その姿はまるで職人のようであった。
狼憑きはそんな赤ずきんを眺めながら、一人でもぐもぐと美味しいパンを食べていたのだった。



それから一週間後。オーブンでの調理を心ゆくまで堪能した赤ずきんは、狼憑きにあの約束についてたずねた。

「ねえ、おおかみ。この前の森での約束、覚えてる?」

「…ああ。旅の話だろう」

狼憑きは赤ずきんとの約束を忘れることなく覚えていた。なんなら少し心待ちにしていたくらいだ。赤ずきんからその話が持ち出され、ようやく出発するのかと狼憑きは思った。

「そうそう。その旅、明日にでも出発しない?寒くならないうちに行ったほうがいいと思って」

今の季節の気温は涼しいといった具合だった。寒くなる前に、森の奥にあるあの二つの小屋に訪れたほうが良さそうである。今の狼憑きと赤ずきんなら早くて十日ほどで二カ所を巡ることができそうだった。帰りもそれくらいだと計算すると、充分 冬までには帰って来られそうだった。
狼憑きはそれに了承し、明日から始まるちょっとした旅へと向けて二人は準備を進めるのだった。
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